集団ストーカーと電磁波犯罪の謎

集団ストーカーの被害記録です

集団ストーカーのせいで人生を諦めざるをえないなんて本当に腹立つ。

私は今回の人生はもう諦めた。集団ストーカーのせいだ。私は何も出来ない人生を生きてきた。私の友達が恋に友情に人生を謳歌してるなか私は酷い葛藤に襲われ悶々とした人生を歩んでいた。私はいつも他人が羨ましかった。皆自分の人生を生き生きと生きていた。そんな中私は自分の置かれている人生が余りにも悲惨で目も当てられずつまらない人生を生きていた。私は皆が青春を謳歌してる中、お気に入りの著作家の書物を読み気に入った箇所をノートに書き写す作業を永遠と繰り返していた。何とも暗い青春時代であった。今でもたまに当時書き写したノートを見るがはっきしいって何の役にもたたない。読書は昔はよくしていたが今ではもうやめてしまった。読んだところで人生が変わることはないからだ。もちろんそれは集団ストーカーのせいでもある。この犯罪の被害に遭うと人生が確実に崩壊し何の思想も役にたたないのだ。どこにも救いはない。ただ集団ストーカーの被害に耐えるだけの日々だ。こんな人生に一体何の意味があるのだろうか。私は今ではもう人生に何の意味も見いだせず死んだような人生を生きている。ただ何もせずに集団ストーカーの終演を待つだけの人生である。一体私は何のために産まれてきたのだろうか。四半世紀集団ストーカーの被害にあって毎日思うことである。

以前人生の意味について考察したが私は今ではもう人生に意味を見出だせない。有名なビクトール・フランクルが人生の意味について考察し、どんな人生にも意味があり、意味のない人生はないと熱心に訴えていた。人生の意味は与えられるものではなく、人生の側が自分に常に意味を問い掛けてくる。その問い掛けに積極的に解答しなければならない。人生の意味は自分1人では完結せず常に他者性があることなのだろう。つまり、自分の人生が他人にとってどういう意味があるか考察する必要があるのであろう。しかし、私はもう人生に意味を見出だすことは出来ない。あまりにも不幸な為だ。誰もこんな人生を生きる人間と関わりたくないだろう。こんな不幸な人生はないと思う。毎日強烈な無意味感に襲われ自分の人生がもう終わってしまったとよく思う。

今の私の嫌がらせは主に電磁波攻撃とアンカリングがメインである。頭は常に重たい。耳鳴りは常時である。前にも書いたが左耳にしょっちゅうバチンと電磁波刺激が走る。これが最高にムカつくのである。何か考え事をしてる時や酷く落ち込んでる時、集団ストーカーを止めてくれと訴えた時に左耳に電磁波刺激が走る。なんてことない嫌がらせだと思うだろうが毎日100回以上はこの電磁波刺激あるのである。いつまで経っても集団ストーカーが終わらず絶望して深いため息をついた時に左耳に電磁波刺激が走る。まだ終わらせないぞ言われているようで死ぬほどムカつくのである。部屋中で暴れたくなるくらいムカつくのである。ただでさえ辛い集団ストーカー。そこに1日100回以上も電磁波刺激を受けるとムカつきがマックスになり大暴れしたくなる。はっきしいって拷問以外のなにものでもない。

集団ストーカーの何がムカつくかと言うと全てが遠隔からの嫌がらせである点である。例えば目の前に相手がいてそいつに何がされたら、こっちもやられた程度に応じてやり返すことが出来る。しかし、集団ストーカーは全てが遠隔からの嫌がらせの為にこちらは被害にあうだけでやり返すことが出来ない。人海戦術はやり返す相手がいるとも考えられるが、これは集団ストーカーの指示を受けて嫌がらせに普通の人達が参加しているのであって例えやり返したとしても集団ストーカーその者にやり返したことにはならない。非常に卑怯な犯罪である。誰が思い付いたか知らないが相当性格的に終わってる奴が思い付いたのではないか。前にも書いたがこんな特殊な犯罪を思い付く奴は自身の精神構造が相当狂ってることをわざわざアピールしてることにはならないのか?まともで幸福に生きる人間ならまず思い付かないだろう?

女とも縁がなかった。友達はみんな女遊びをしたり彼女を作っていた。私も女遊びをしたかった。しかし、私は10代の頃にある奴に洗脳されて自分の感情に忠実に生きることが出来なかった。友達に女を紹介してやるかと言われたが断っているのである。今こうして恋愛コンプレックスで悶々と悩むくらいなら女を紹介してもらえれば良かった。私はもう中年のおっさんだ。女を作るのは絶望的であろう。集団ストーカーの被害にあわなければ彼女を作れたかもしれない。しかし、20代の頃に集団ストーカーの嫌がらせが激化して女どころではなかった。私はこの先の人生を悔恨を抱えながら生きなきゃいけないと思うとうんざりしてくる。今さら集団ストーカーが終わっても女を作るのは絶望的だ。40代の場合、年収800万超えでも女を作るのは難しいとあった。やはり、女は自分と歳の近い男を求めるのだろう。私は経験値もないし、金もないのでもう女は出来ないだろう。なんたる人生だ全く。こんな悲惨な人生もないだろう。誰もこんな人生を生きたくないだろう。岸田秀の分析によると男が労働をするのは女をゲットする為でそうして資本主義が発展したとのことだが、そう考えると今の世の中には女が欲しくても作れない人間が五万といるわけである。勝ち組、負け組という概念を発明して大衆を分断化して負け組に劣等感を植え付けることをしてるわけであるが、社会的弱者は貧乏な為に恋愛を諦めざるを得ない。今は1%と99%の対立構造が出来上がっており、資本主義の形も変化したと言えるだろう。富が1%に集中し中間層がなくなり、今の人達はその日を生きることがやっとであり、女を獲得する為に労働する時代は終わり、一部の富裕層だけが金を儲けることが出来るシステムが出来上がってしまった。一億総中流と言われる時代は終わった。私はもう中年だし、金もないので女をゲットすることは出来ないであろう。なんたる人生だ!全く!こんな悲惨な人生もない。産まれてくるんじゃなかった。集団ストーカーのせいで私の人生は滅茶苦茶だ。早く私に人生を返せ。早く終われ。