集団ストーカーと電磁波犯罪の謎

集団ストーカーの被害記録です

毎日浴びてる電磁波攻撃のせいで頭が呆けてきた

最近物忘れが酷い。電気の消し忘れとか。電磁波を浴びてるから毎日頭は重たい。何でここまで酷い目に遭わなきゃならないんだよ!ふざけんなよ!本当に腹立つ。身体操作も昔みたいに思い通りに出来なくなってきてる。パソコンもキーを見ないで打つのは不可能でキーがどこにあるのか覚えることが出来ない。小中高と野球をやってたから運動神経は良い方だったが、確実に運動神経も鈍ってる。これも全て電磁波攻撃のせいだ。余りにも理不尽な集団ストーカーに腸煮えくり返る思いだが、何でこんな卑劣なことが許されてるんだ?理解出来ない。このままだと脳が壊れるんじゃないかと怯える毎日だ。本を読んでも内容が頭に入って来なくなった。この先どうなるんだろう…

これは紛れもなくただの犯罪的行為で許されるものではない。世界中に被害者がいて皆んな苦労してるが、私も相当苦労してる。頭の呆けは日常生活に支障をきたすからなかなかの嫌がらせ行為と言える。例えば軽い運動が出来ない。米とぎが出来ない。歯磨きを上手く出来ない、靴紐を上手く結べない等、或いは物忘れが激しい。これらのことは全て電磁波攻撃のせいだ。むっちゃくちゃ腹立つ。集団ストーカーの糞馬鹿は被害者を殺すことはしないが(自殺した被害者はいるだろうが)、このように電磁波兵器等を使って被害者が修復不能な状態まで追い詰める。他の被害者は私とは違うレベルで何か修復不能な状態まで追い詰められてるかも知れない。何でここまで酷い目に遭わなきゃならないんだ。全く納得出来ない。

前にも説明したが集団ストーカーは皆んな知ってる犯罪的行為である。勿論一般市民は誰が被害者かも知ってる。貴方が集団ストーカーの被害者だと皆んな知ってるのである。何でその事に気付いたかは今まで散々説明してきたので詳細は省くが、一般市民の人達は我々被害者が集団ストーカーにここまで痛め付けられてることをどう思ってるのだろうか。可哀想だと思ってるだろうか。それとも俺とは関係ないと思ってるだろうか。それは知らないが、私は以前私のことを見て涙を流してる女性を2人見たことがある。だから、中には傷付いてる人間もいるのだろう。しかし、ほぼ十中八九全ての被害者が電磁波照射をされてるだろうから、私みたいに頭が呆けてきた被害者も少なからずいるかも知れない。更に人間ならほぼ誰だって恋愛や結婚をしたいだろうが、一体どこの人間が頭の呆けてきた集団ストーカー被害者と付き合いたがると言うんだ。そんな変り者いる筈がない。従って私は集団ストーカーには上限を遥かに超えた怒りを覚える。他の被害者だって私と違った形で人生を破壊されてるわけで、例えば職場を強制退職されたりとか、経済的に苦労したり、そういったことが集団ストーカー被害者にはあるわけで生きてくのが普通の人達と比べると格段に困難なものとなっている。これで怒るなと言う方が無理ってもんだ。

恋愛も出来ない。結婚も出来ない。人生も楽しめない。最悪中の最悪である。仮に恋愛出来て、結婚した被害者がいたとしても、私の知ってる結婚したある、女性被害者よれば子供が学校で虐めに遭うとのことである。仮に結婚出来たとして、家族を持つようになっても今度は子供が被害に遭うわけだ。私が集団ストーカー被害を自覚したのは15歳の中学3年生の時だったが、小学生に集団ストーカーするとか集団ストーカーは鬼畜過ぎて腸煮えくりかえる。何でそこまでする必要がある。いくらなんでも小学生に集団ストーカーする必要はないだろう。トラウマが出来て大人になってから普通の生活が困難になったら大変だろう。実際私は酷い騒音と咳払いの嫌がらせに遭い、それがトラウマとなり、普通に日常生活を送るのが凄く困難になった。

私は以前集団ストーカーは思考盗聴器を用いた脳科学の実験じゃないかと書いたがこの説は間違っていたようだ。そうではない、他の別の目的があるようだ。その目的は知らないが、早く集団ストーカーは終わってもらいたい。被害歴33年、今年48になった。集団ストーカーの糞馬鹿はここまで私を痛め付けてもまだ終わらす気はないのか。なんたる鬼畜。お前等集団ストーカーは必ず地獄に堕ちるから覚悟しとよ馬鹿。おしまい。

集団ストーカーを思い付いた奴を批難すると報復に会う

集団ストーカー最大の悪は集団ストーカーを思い付いた奴である。こいつこそ悪の総本山であり、諸悪の根源である。集団ストーカーの嫌がらせが余りにも卑劣で忌々しく腹立って、頭の中から集団ストーカー思い付いた奴死ねよと言った。そしたら、翌日騒音の嫌がらせが悪化した。前にも書いたが、私が警察に補導されてパトカーに乗せられて病院に連れてかれることになった時にこれは集団ストーカーの指示があってやってるに違いないと思った私は、『これ、思い付いた奴殺してえな』とポツリと呟いたら、隣に座ってた警察官にかなり強い口調で、『言うな!』と言われた。警察官がそう言ったと言うことは警察官は集団ストーカーを知ってるし、集団ストーカーを思い付いた奴が如何なる存在かかも知ってるのだろう。

集団ストーカーを思い付いた奴は如何なる存在か?絶対的権力でもあるのだろうか?絶対的権力があったとしても死ぬほどムカつく。叩き殺してやりたいくらいムカつく。こいつのせいで、私を含めてどれだけの数の人間が人生を潰されて傷ついたことだろうか?絶対に許されない人間である。集団ストーカーに如何なる目的があろうとも、集団ストーカーが人生破壊なのは言うまでもなく、実際に人生を破壊され、全てを奪われる。これで許せと言う方が無理である。

昔書いたが、ある時TBSの社員から分かればそういうことだったのかと分かる、とメッセージがあったが、そういうことだったのかと分かったとしても人生潰されてるのは事実だし、辛いのも事実だし、やはり許し難い。あと、松本人志から仄めかしではないが、ある時ネットの某サイトから、誰かの犠牲が必要なこともあるんや、と私にメッセージがあった。誰かの犠牲が必要って何だよ!じゃあ、お前とお前の家族も犠牲になれよ。それで、何も文句は言えまい。

全ての元凶は集団ストーカーを思い付いた奴。こんな奴死んじまえば良いのに。死んだら泣いて喜ぶね。

それにしても何を目的にして集団ストーカーなんか思い付きやがった。分かってしまえばそういうことだったのかと分かる、とか、誰かの犠牲が必要とか一体どういうことだ?何度考えても分からん。分かったところで特に嬉しいと言うこともなく、何故なら人生を30年以上犠牲にしたのだから仮に終わっても大して嬉しくもないだろう。ある意味ナチスより卑劣である。

それでも終わらないよりは終わった方がまだマシな集団ストーカー。私は犠牲にしたものが多すぎて終わったところで、あ、そうとしか思わないだろう。30年以上も人生を犠牲にしたからな。もはや虚無感で1杯である。集団ストーカーは被害者をここまで追い詰めて何をしたいのか全く謎である。

昨日もラジオを聴いてたら咳払いの嫌がらせにあった。リリー・フランキーのスナックラジオからである。ゲストとして来ていたシュウと言う女性モデルからだった。死ぬほどムカついたが、シュウは集団ストーカーにやらされてるだけだし、咳払いはいつものことでトラウマになってる。

一体何時まで続くのか集団ストーカー。こっちはもう年も年だし、体力的にも辛くなってきたのでいい加減に止めてもらいたい。30年以上も被害にあっているのである。如何なる理由があろうとも許さないが早く終われ集団ストーカー。そして、俺の人生返しやがれ。

集団ストーカーを思い付いた奴に対する怒り

集団ストーカーを思い付いた奴は一体誰だろう。何を目的として思い付きやがった。集団ストーカーと思考盗聴器は切っても切れない関係にあるから、ひょっとして思い付いた奴は1人ではなく、思考盗聴器の発明に伴って思考盗聴器の活用法について何人かで話し合い集団ストーカーを思い付いたのかも知れない。とにかく我々被害者にしてみたら迷惑なことこの上ない集団ストーカー。傷つき、トラウマが出来、人生は潰される。こんなこと許されていい筈がない。しかし、世界中に被害者がいて集団ストーカーは世界中でまかり通る犯罪である。何度も書いて申し訳ないが、集団ストーカーとは私の考えによれば思考盗聴器を使った人体実験だが、私の考えが当たってようが間違ってようが、とにかく集団ストーカーは許せない。

思考盗聴器があれば人間理解は深まる筈である。何せ人間の脳の中を覗けるのだから、今まで人間について分からなかったことがかなり分かる筈である。しかも、動物の脳の中も覗けるようだから人間に限らず動物全般の謎の解明に繋がるかも知れない。科学の発展の原動力になったのは間違いなく世界の様々な謎の解明にあるが、思考盗聴器もその一環として発明されたのだろう。しかし、不思議なのは思考盗聴器が人間の謎の解明に寄与するにしても、集団ストーカーは何故虐めが伴うかだ。何故虐める必要があるのだろうか。しかも、その虐めは陰湿にして、冷酷無比。ターゲットに選定された人間は毎日びくびく怯えて暮らさなければならなくなる。被害者を精神的に追い詰めないと分からないことでもあるのだろうか?しかも、被害期間も物凄く長くかなりの長い年月を犠牲にする。人間誰だって、したいことや、やりたいことがあり、自分の好きなように生きたいだろうが、我々被害者にはそれが許されない。考えるだけで腹立ってくるが、集団ストーカー被害者なら誰だってそうだろう。

集団ストーカーを思い付いた奴(奴等?)は間違いなく人類史上最も恨まれた奴(奴等?)だろうが、我々には復讐することは出来ない。何処にいるか分からず実態は掴めない。

集団ストーカー人体実験説とか供儀(生け贄の儀式)説とか、唱えてきたが実際のところは何なのかサッパリ分からない。何れにせよ集団ストーカーはもういい加減に止めてもらいたい。私は今年で48にもなるし、余りにも人生を犠牲にし過ぎた。集団ストーカー被害者に選ばれたのが15歳の頃だから被害歴が33年になるし、かなり、若い頃から被害者だったから今まで生きてきて楽しいことなんか殆どなかった。死ぬほどムカつき腸煮えくり返る。こいつ(こいつら?)さえ集団ストーカーを思い付かなければ我々被害者の人生はもっとマシなものだっただろう。

とにかく集団ストーカーの謎を知りたいところだが、分かる日が来るだろうか?分かる時は集団ストーカーが終わる時かも知れないが、被害歴も33年にもなると、被害の終焉に懐疑的にならざるを得ない。何とも絶望的な話しだが、これだけ被害が長いと終わる気がしない。私以外の被害者でも被害歴が30年を超える者もいるが、中には40年を超える者もいる。被害歴は知らないが、80過ぎの老人で街宣に参加してる人もいた。80過ぎの老人に集団ストーカーするとか一体何を考えてるんだ。80過ぎても集団ストーカーが終わらないとしたら、どう考えても死んだ方がマシであろう。生きる事にもはや、意味も価値もない。私と同じくらいの被害期間の被害者は何を考えて生きてるだろうか?もはや諦めの境地だろうか。私はさっさと死にたいが、どこか諦め切れない自分がいるのもまた事実である。

仮に集団ストーカーは一生終わらない犯罪だとしたら我々被害者の人生は何だったんだろうね。一体そんな人生に何の意味があるのだろう。復讐も出来ず嫌がらせに耐えるだけだ。気が滅入ってくる。一生終わらないとしたら死ぬほど冷酷な奴等だ。何でこんな目に。終わるなら終わってもらいたいが被害歴が30年を超えると終わる気がしないし、生きるのが馬鹿らしくなってきて、真剣に生きる気しないし人生なんか適当でいいや、と思うようになってしまった。虚無感でいっぱいだし、30年以上も人生を犠牲にしたら誰だって真剣に生きる気なんかしないだろう。

集団ストーカー、本当に許し難い犯罪だ。ではまた。

集団ストーカーは必ず地獄に堕ちる

これだけ被害者に酷いことをし続けてきたのだから当然である。これで何の裁きも無かったら我々被害者の苦労は一体何だったんだろうと、言うことになる。集団ストーカーは100%悪いことをしてるのだから、必ず報いを受けなければならない。このまま何事も無かったように逃げられると思うなよ。お前ら集団ストーカーは地獄に堕ちるんだよ。せいぜい怯えて暮せ。地獄に堕ちたらざまあみろである。我々被害者が散々味わってきた地獄に匹敵する地獄を味わってもらいたい。そうでないと全く納得出来ない。

たった1度きりの人生なのに勝手に被害者に選ばれて人生を30年以上犠牲にした。辛いし、したいことは出来ないし、人生を犠牲にしたからやり切れず、後悔で1杯だ。我々被害者は何でここまで酷い目に遭わなきゃならないのだろうか。悪いことなんて、殆どしてない、普通に生きてきたただの一般人である。しかし、ある日から集団ストーカーのターゲットに選定されて地獄の人生を送る羽目になった。嫌がらせは初期の頃から度を超えていた。主に騒音だったが、被害者の私だけが迷惑を被るわけではなくて、家族まで迷惑を被った。その騒音は凄まじくアパートが揺れる始末だった。家族は私と母親と祖母の3人暮らしだったが、特に祖母は歳だからキツかっただろう。祖母とはあまり仲が良くなかったが、確かに可哀想である。私以外の家族も迷惑を被ったと思うと腹立ってしょうがない。当時の私は15歳の中学生だったが、中学生にあんな酷い嫌がらせするか?考えられない。お陰で騒音はトラウマになりちょっとした物音でもビクつく始末。祖母だって70近かった。70近くの祖母には集団ストーカーの馬鹿の騒音はかなり堪えたことだろう。こいつらはどこまでも冷酷無比無情だ。全く許し難い。死ねばいいのに。

30年以上も嫌がらせをするなんていくら何でも度を超えてはいないだろうか?しかも、その嫌がらせは卑劣にして冷酷無比無情。そんな嫌がらせに30年以上も耐えてきたのだ。他の被害者もそうだろうが、何があっても集団ストーカーだけは許す気にはなれないだろう。私は何があっても絶対に許せない。悪いことがあったら次に良いことが起きるとよく言われるが、そんな一般常識は全く通用しない世界に生きている。大体30年以も嫌がらせに耐えてきたのである。仮に良いことがあったとしても何を今更と思ってしまう。人生を犠牲にし、したいことや、やりたいことが殆ど出来なかった。これが最大の後悔であり、屈辱である。集団ストーカーは馬鹿過ぎて人生の価値を全く分かっちゃいない。人生1度きりだから価値があるわけで、如何なる理由があろうとも他人の人生を潰してはいけない。

集団ストーカーの嫌がらせで何がムカつくかって睡眠妨害である。眠りを妨げられて1日中睡魔に襲われるのは地獄以外の何ものでもない。私は病院に通ってるが病院の前日に睡眠妨害にあい、睡魔に襲われながら病院に行くのは地獄である。睡眠妨害は主に電磁波兵器により行われ、頭がピリピリして眠たくても寝れないのだ。今日も睡眠妨害にあい眠れず、今は眠気まなこでブログを書いてる。もう本当に本当に集団ストーカーの馬鹿たれ共は腹立つ。来週病院があるから今から心配でしょうがない。余りにも辛すぎて涙が溢れる始末。

集団ストーカーは多少の違いはあれど、被害者があってる被害は殆ど同じようだから、睡眠妨害にあってる被害者はきっと多いことだろう。先月の病院の時は前日に睡眠妨害にあい一睡もしてない状態で病院に行ったがまさに地獄だった。もう生きるのは嫌である。こんな地獄に30年以上耐えてきてまだ続くならいっそのこと殺してもらいたい。集団ストーカーの糞馬鹿に殺されるのは屈辱的だが、死ねたらどれだけ良いか。今は死にたいが口癖だが死ねたらどれだけ楽か。もう苦しまずに済む。

今年私は48になるから、もう未来に展望も希望もない。もはや諦めモードだが、集団ストーカーのせいでそうなってしまい、とてつもない怒りが込み上げてくる。世界中に被害者がいて、被害者の総数は知らないが、因果応報の説が本当なら集団ストーカーはとんでもない報いを受けることになる。被害にあい苦しむ被害者の数は尋常じゃないだろう。こいつら馬鹿たれ共はどれだけの数の人間の人生を潰し、どれだけの数の人間を苦しめてきたか。

集団ストーカーは必ず地獄に堕ちる。歴史を調べてみると、最後は悪人が勝ってるが、集団ストーカーの馬鹿は悪事を働きすきた。多少悪いことをしても報復に合うことは滅多にないが、集団ストーカーの馬鹿はとっくに上限を超えただろう。だから、報いを受けて、地獄に堕ちる。そう信じて、いや確信して生きていこう。ではまた。

 

戦慄の思考盗聴器と精神病院の日々

集団ストーカー被害者で電磁波兵器による嫌がらせと思考盗聴されたことない被害者はいないだろうが、この電磁波兵器と思考盗聴器はかなり厄介な兵器である。電磁波兵器で身体に傷を負った被害者は少なくなく、私もいきなり、おしりがジュクジュク言い出して爛れたことがあるし、在るものは火傷のようなものが出来たり、在るものは引っかき傷のようなものが出来たりする。私はおしりが爛れた時は痛くて痛くてたまらなかった。一応その時のおしりの状態をスマホで撮ったがブログに写真をアップする方法を知らないので皆に写真は見せれくて残念だ。とにかく焼け爛れて見るからに痛みは伝わるだろう。このように集団ストーカーは電磁波兵器を使って被害者を傷付けてくるわけだが、迷惑至極である。電磁波兵器だけの嫌がらせなら傷を付けられても時間が経てば回復するから良いが、(回復が間に合わない程の電磁波兵器の嫌がらせに遭ってる被害者もいるだろうが)私は電磁波兵器で傷付けられたのは一回だけだったが、中には何度も電磁波兵器で身体に傷を負う被害者もいるようで腹ただしくて仕方がないだろう。そこで、更に思考盗聴器を使った嫌がらせが加わり電磁波兵器と思考盗聴器のコンボが完成すれば最強になる。思考盗聴器程厄介な兵器はいまのところない。人の頭の中、精神構造が丸見えになるからである。前にも語ったと思うが人間は自我という防壁があるから円滑な人間関係を築けるのである。自我を起点として他人とコミュニケーション取るのにその自我という防壁が崩れたらどうなるか?まず人間関係が崩壊するだろう。当然であろう。人間は色々なこと、ある特定の他人の悪口を頭の中で言ったり、ある特定の他人に大してネガティブな印象を持ったり、時にはあられもない事をを考えるからそれが丸見えになるのだから。世の中には完璧な善人も完璧な悪人もおらず、どんな人間、優しそうに見える人間にだって悪人の要素があるのである。仏陀は完璧な善人も完璧な悪人もいないと語ったがこれは仏陀の見解が間違いなく正しい。一般的な善人扱いされてる人間の自我という防壁が崩れたら全てが終わるだろう。善人そうに見える奴だって人として考えてはいけないことを間違いなく考えるのどから。思考盗聴器にはこの自我という防壁を崩す力があり、人間関係崩壊兵器と呼んでもいいだろう。というのも、集団ストーカーは余りにも卑劣で被害者が頭の中で考えたことを素人や有名人を使って仄めかして来るのである。(有名人が仄めかしとかしてくるのだが、被害者は集団ストーカーにVipと呼ばれてるらしい。選ばれた人達だかららしい)全ての人間はセルフイメージを持ってるが思考盗聴されるとセルフイメージが崩壊する。従って一般的に善人扱いされてる人間が思考盗聴されたらかなり洒落にならないことになることもあるだろう。だから、自我は必ず秘匿にすべき心の防壁なのである。しかし、集団ストーカーは対象のセルフイメージを崩壊させることを平気でしてくるこの上なく卑劣で冷酷な連中なのである。今の所、人間の発明した兵器の中では思考盗聴器が最強だが、人間には何でも乗り越えようとするところがあり、思考盗聴器を超える兵器を発明したら集団ストーカーに利用されるだろうし、この世の終わりを感じるかも知れない。思考盗聴器がいかに厄介な兵器かは被害者なら分かるだろうが思考盗聴器を超える兵器が何れ発明されるかと思うといち被害者としてゾッとする。思考盗聴器を使えば人間の五感情報全てが分かるらしく(他人のセックスの快楽とか)そんな思考盗聴器を超える兵器が開発されたらこの世の終わりを感じるかも知れない。

まず集団ストーカーは頭の中の情報を思考盗聴器で得て、その得た情報により様々な電磁波攻撃をしてくるのである。私は電磁波攻撃を受けて身体を傷付けられたのは一回だけだが、何度も電磁波刺激を味わった。頭の中で得た情報に従って電磁波攻撃の仕方が変わってくるのだが、私が一番多かったのはバチンと走る電磁波刺激であり、何故か左耳ばかり狙ってくるのであった。本を読んで集中してる時やゲームに集中してる時、何か考え事をしてる時とか被害者仲間とブログでやり取りをしてるときとかにバチンと電磁波刺激が走るのであった。この程度なら大したことではないという見方も出来るだろうが、電磁波刺激の頻度が半端じゃなく毎日100回以上は受けてたと思う。これだけの回数の電磁波刺激を毎日受けてると流石にムカついてくるわけで、遂にブチ切れた私は部屋の内外で大暴れして遂に警察に補導されてしまった。パトカーに警察署まで連れてかれた私は警察官の尋問を受けて、次に保健所の職員を呼ぶという話になり、二人の女性の職員が来たわけであるが、私は明日は引っ越しだから今日だけは家に返してくれと何度も懇願したが、保健所の職員は全く聞く耳持たず妙に真顔で病院に行きましょうの一点張りであった。私が何度も同じことを訴えても二人の保健所の職員は病院に行きましょうの一点張りであり、それで、おかしくなった私は思わず大笑いしてしまったが、これが祟り、このような状況下で大笑いするのはおかしいとなり、警察官にパトカーに載せられてかなり遠くの精神病院まで連れてかれてしまった。病院についてパトカーから降りて病院の待合室で待ってる時に私が立ち上がったら警察官二人に立つなと強く押し付けられてしまった。前にブログに書いたから覚えている人はいるかも知れないがパトカーに載せられて病院へ向かってる途中に、私が「この犯罪思い付いた奴殺してえなあ」とポツリと呟いたら私の隣に座ってた警察官にかなり強い口調で「いうな!」と言われた。やはり、警察官も集団ストーカーを知ってるのである。そして、集団ストーカーに対する悪口はどうもご法度のようである。人間何だから嫌がらせを受けたら文句の一つも言いたくなるが、集団ストーカーは基本的に自分達に対する文句は許さない。私はそれで酷い目に遭ったが、毎日陰湿を極めた虐めに遭えば誰だって文句の一つも言いたくなるだろうが、集団ストーカーは許さない。何様なのだろうか。

病院へ連れてくように命じたのも集団ストーカーで警察官と二人の保健所の職員は集団ストーカーの指示に従い、指示に従ってるから妙に保健所の二人の保健所の女性は真顔だったのだろう。集団ストーカーが、嫌がらせをする時によく見る光景である。何故か妙に真顔なのである。それがおかしくて大笑いしてしまったわけであるが。

で、待合室から患者が寝泊まりする一人用の個室に連れてかれて、かなり恥ずかしかったがパンツを脱がされてペニスがむき出しになり、ペニスに細い棒を入れられて結構痛かったが、処置したのは男性職員であり、恥ずかしいなんてもんじゃなかった。立派なペニスでも持ってれば違ったかも知れないが、私のは可愛らしいペニスである。それでパンツを脱がされて恥ずかしかったがパンパースを履かされて動けないようにベッドに縛りつけられてしまった。身体を自由に動かせないのはかなり苦痛なことであった。身体を縛りつけられて、身動き取れなかったがゴソゴソと身体を動かすと私を縛り付けてるロープと身体の間に隙間が出来て、更に身体をゴソゴソ動かすとロープから抜け出すことが出来た。そこの個室にはトイレが完備されていて、ロープから抜け出した私はトイレをした。ロープから抜け出す前に、身体を縛り付けられた時にトイレがしたくなった私はトイレをしたいと女性の職員に言ったら容器を持ってきて、その女性の職員が私のペニスを手に取り私のペニスを容器の中に入れた。私は女性にペニスを握られて恥ずかしながら勃起してしまった。そういう経験は何度もあるからだろうが、女性の職員は私が勃起しても表情1つ変えることなく私のペニスを容器の中に入れた。その時は小便は出なかったが、その後にベッドに縛り付けられたわけであるが、一週間くらいベッドに縛り付けられていた。苦痛以外のなにものでもなかった。動く物と書いて動物で、人間も動物の1種だから身体を自由に動かせないのは苦痛なのである。

ようやく外出許可が降りたので院内散歩をしてたら、ある女性の職員が私にベッドから抜け出したでしょうと言った。その個室には監視カメラが取り付けてあったのであった。そのことを知らなかった私は処方された薬の効用がどうしても信用出来ず、集団ストーカーに病院に入れられたと思ってもいたこともあって部屋に水道が取り付けられており、水道にペッと薬を吐き出したら職員が飛んできて、今、薬を吐き出したでしょう?監視カメラが取り付けてありますから分かりますよと言われてしまった。ベッドからも抜けだしたのもわかってましたよ、と言われた。勝手に行動しては駄目ですよと注意されてしまった。

身体を縛り付けてるロープは全て取り外され自由に身動き出来るようになり、身体を自由に動かせるのはこんなに素晴らしいことなんだと思ったが、(解剖学者の養老孟司はしつこいくらい身体を使えと言うがその意味が分かった。身体を動かせないのはこの上ない苦痛なのであった)縛り付けられたロープを外された頃に部屋のベッドに座って休んでると看護師の人と一緒に親戚のおばちゃんがやってきた。おばちゃんが来る前に親がいるか聞かれ、いないと答え、それなら親戚の人とかいますか?と聞かれ、いますと答えた。それなら親戚の人に電話して病院へ来てもらうように電話して下さいと言われて、言われた通りに電話をかけた。親戚は二人いて一人は北海道に住んでおり、とてもじゃないが呼べないので、比較的近くに住んでるおばちゃんに電話をして、事情を話して病院へ来てくれと話したら、おばちゃんは「面倒くせえな」と何やら集団ストーカーの命令であると知ってるかのように言った。集団ストーカーの命令は絶対で誰も拒否出来ないのであった。この親戚のおばちゃんは私が集団ストーカーに強制的に入院させられたと知ってるなと直感的に確信した私は、集団ストーカーを咎めるようなことを言って大丈夫なのかと思った。で、おばちゃんが来てバリカンを手に持っていた。私はそれ何?と聞くと、おばちゃんはこれは壊れてるから、と言った。これも確実に集団ストーカーの指示通りにしたことなのだろう。こういう意味不明なことをさせるのが集団ストーカーで、だから、おばちゃんは集団ストーカーの指示に従わなければならない為「面倒くせえな」と言ったのだし、集団ストーカーの謎がイマイチ分からない点である。集団ストーカー全盛期の頃によく遭遇した青年がいたのだが、これは、明らかにアンカリング(印象付け)の1種で偶然の出合いではなく、集団ストーカーの指示に従って私の元にやってきたのだろうが、その青年は死ぬほど面倒くさそうな顔をしており、嫌嫌ながら集団ストーカーしてるのは明らかだった。こういう面倒くさいことをさせるのが集団ストーカーで、だからおばちゃんは、「面倒くせえな」と言ったんだし、その青年も面倒臭そうな顔をしてたのだろう。集団ストーカーにある種文句的なことを言っても、小さい文句なら問題ないのであった。私みたいに集団ストーカーを馬鹿にしすぎると地獄を見るが。

おばちゃんは下着とTシャツ、スウェットとパーカーを持ってきており、ブランドを確認したらユニクロだった。私はそれ以来おばちゃんが持ってきたユニクロのスウェットとパーカーで過ごした。

院内では自殺防止の為に靴紐の付いてる靴を履いてはいけなく、靴紐は全て外され靴も取り上げられてしまった。それで、看護師の人にスリッパを買って下さいと言われたので買うことにしたが、基本的に患者は病棟から出てはならずコンビニが病院にあったが、コンビニには行けないので看護師の人に頼んでスリッパを買ってきて貰った。届いたスリッパを履いてみたら小さくつま先が痛い為に看護師の人に頼んでハサミを貸してもらいスリッパのつま先の部分を切ったがそれでも足が痛く、歩きづらい為に四苦八苦してたらその光景を見てた女性看護師の人に別の大きなサンダル買ってきましょうか?と言われたので頼んで買ってきて貰った。そのサンダルは大きく底も厚く歩きやすかった。私はこれで良いですと言った。看護師の女性に良かったですね、歩きやすくなってと言われた。

それまでは食事はベッドに張り付けられてた為に一人で食べることが出来ないために看護師に食べさせてもらっていた。味噌汁が飲みたいとか肉を食いたいとかこちらから指示を出して食べていた。味はまあまあ、普通だった。それから、自由に動けるようになり、部屋から出ることも許され、やることと言ったら作業療法、院内散歩、読書、後は夕食後はテレビを見たりしていた。自分の部屋に戻りベッドで仰向けになり手を枕にして寝てたら看護師がやってきて、他の人と一緒に過ごせるかどうか試すので一人部屋から大部屋に移りますからと言われた。私は一人部屋がお気に入りだったので大部屋に移るのは嫌だなと思った。トイレと水道が常備されてる一人部屋で過ごすのは快適であった。

で、遂に部屋を移る時が来たのだがその時は5階の病棟にいたのだが、6階の病棟に移ることになった。なんでも私の担当医師が6階担当なので病棟を変えることになった。そこの6階の病棟は監視病棟と呼ばれており、私は最初はキチガイだらけの病棟かと思い、私はキチガイ扱いされたのかと思ったが、実際に移ってみると見るからに病んでる女性はいたが、皆普通そうに見えた。で、困ったのは5階の病棟にはたくさん本が常備されており、暇を潰すのにことかからなかったが、6階の病棟には本が一冊もなく、こりゃ暇潰し出来そうにないわいと思った。やることは5階の病棟と変わりなく、作業療法、院内散歩、テレビを見ることだった。で、そこの病棟は2つに別れており、私の病棟はさっき語ったキチガイ染みた女もいたが、別段普通に見える人ばかりの病棟で、隣の病棟は老人だらけの病棟だった。そこの病院は老人ホームも兼ねてるようで6階の病棟には老人がたくさんいた。老人は作業療法には参加せず、ずっと部屋に籠もってる様子だったが、食事の時は一緒に食べた。私のいる側の病棟には老人が二人いた。で、やることと言ったら院内散歩とテレビを見ることくらいしかなく余りにも暇で気が狂いそうになり、そのことを担当医師に伝えると、良い訓練になると思いますよ、と言われた。何の訓練なんだよ!こっちは気が狂いそうになってるんだよ!暇に耐える訓練ってなんだよ!そんな訓練聞いたことねえぞと思ったが、担当医師が心が安定する薬を処方しますねと言い、薬を処方されて飲んでみたら確かに心が安定したようで気が狂いそうになる地獄は何とか脱することが出来た。

作業療法はプラモデル作りとか将棋とかパズルであり、舐めてんのか!と思ったが、私はこんなことしても精神的病が治るとは思えず適当にやっていた。5階の病棟には若者がたくさんいて、(可愛らしい女の子もいて元気で何の病気なのか分からなかった。一体何の病気なんだろう、と疑問に感じる若者が多かった)運動療法とかで近代的な音楽を流しながら踊ったりして、いかにも若者向けの病棟だった。それで5階の病棟にいたときの話だが晩飯を食べた後に私は椅子に踏ん反り返り私の見たいテレビを見てたら、男性看護師の人が私の元に来て、松ケ平さん(私の名字)ここは皆でテレビを見る場所です。自分の好きな番組だけ見るのはよくないですよ。椅子に踏ん反り返り、何なんですか、その態度はと言われてしまった。

気の弱そうな少年がいて、その少年は食事の時は必ずぬいぐるみを食事の前に置いて食べており、変わり者であった。食事の前にぬいぐるみを置かないと食事出来ないとこを見ると学校でも、変わり者扱いされて虐めにあったりとか、人間関係が上手くいかず、精神病院を紹介されたのだろう。その少年が見たいテレビがあるらしく、何だかモジモジしていた。で、別の患者に彼の見たい番組があるから見せてあげて、ごめんねと言われてチャンネルを変えた。ここの病院では少年優先でテレビを見れるのか。私の見たいテレビ番組はどうなるんだ。何だか不公平だなあ、と思った。私が好きで見てた番組は千原兄弟司会のゲストが外国に行きそこの外国で暮らす日本人を探す番組であった。面白かったのに最近は全然放送されない。人気番組じゃなかったのか?打ち切りになったのか?今のテレビ番組はつまらなく、その番組は千原兄弟が面白く、ゲストが、外国で日本人を探す中で色々とハプニングにあい結構お気に入りだった。(復活しねえかなあ)で、チャンネルをその少年が見たい番組に変えたが糞面白くなく、私は自分の寝室にもどった。

そこの病棟では、そんな少年がいたり、突然怒りだす爺さんがいたり、元気な若者や可愛らしい女の子等様々いたりで、結構楽しかった。私は病棟が移動することが決まってた為、5階の病棟は楽しかったので移動するのは嫌だなあ、と思った。

私が移動した6階の監視病棟では若者は殆どおらず、作業療法の時に音楽を流していたが、老人向けの古い曲ばかり流していた。何だか、5階の病棟とは雰囲気がちがうなあ、と思いこっちまで暗くなるのであった。作業療法の中に卓球があったが、私は面倒くさいから参加せず見てるだけだったが、カラオケもあり、カラオケには参加した。こんなことして精神病が治るの?と思いながら作業療法していた。果たしてここの病院は本当に人を治療する気があるのかと思った。卓球したり、カラオケをしても精神が良くなる筈はない。精神病院はどこも同じなのかな?と思った。私はフロイド的な催眠療法とかあるのかと思っていたがやることは無意味としか思えない作業療法だけであった。

で、ある時廊下を歩いていたら洗濯室から看護師が飛び出してきて私にぶつかりそうになった。女性の看護師だったが、その女性はあーびっくりした、と言った。タイミングが余りにもぴったりだった為に私はこれは集団ストーカーのコリジョンキャンペーン(人がぶつかってくる)だと思った。病院でも集団ストーカーに遭うのか。なんか嫌だなと思ったが集団ストーカーはそれだけであった。流石に病院で集団ストーカーするわけにはいかなかったのだろう。でも私は被害者だし、一回だけ集団ストーカーすることにしたのだろう。その時に、ぶつかりそうになった女性職員が私を思考盗聴してたのは言うまでもなく、私が洗濯室を横切るタイミングで出てきたので、私は、あ、この女性職員は思考盗聴してるなと思った。集団ストーカーしてくる人間は例えそれが一般人であったとしても思考盗聴してるのは間違いなく、思考盗聴してなければ不可能なタイミングでコリジョンキャンペーンとかをしてくるのであり、加害者側は対象を思考盗聴しながら3次元的に把握してると思われ、そうでもなければ不可能な集団ストーカーの嫌がらせが多いのである。

暇にも慣れて、作業療法は適当にやってたけど、3食出てシャワーも浴びれて(週4)テレビも見れる。病院の生活もそんなに悪くないなと思った。後はスマホがあれば完璧だと思ったが、警察官に補導された時にその時はたまたまスマホを持って外出したのだが、スマホは病院に取り上げられてしまった。それで、私は担当医師にスマホの使用許可を降ろしてくれと頼んでいたら遂にスマホの使用許可が降りてスマホを使えるようになった。これで完璧だと思ったが、スマホの電池は完全に切れており使用出来ず、どうしたものかと悩んでいたら、女性の看護療法士が私が充電器を買ってきてあげると言った。ただし一度買ってきたら返却は絶対に無理ですのでと言われたが、スマホが見れないのだから返却する理由はなく、私はその約束を承諾した。それで買ってきてもらうように頼んだ。それで、充電器が届いて金を渡してスマホの充電をした。むふふふ、これで完璧だ、幾らでも楽しめると思い毎日スマホとにらめっこしていた。で、実際のところは決して楽しくなかった。毎日にらめっこしてたのは他にすることがなかったからである。

朝7時半に朝食で12時に昼食、午後7時に夜食であった。作業療法は朝食を取った後にやり、昼食後にも作業療法があり、合計4時間であった。作業療法が終わると大概の患者はテレビを見てたが私は寝室に戻りスマホをしていた。看護師も患者も皆良い人ばかりで悪い気はしなかった。テレビも見れてシャワーも浴びれるし。それで6ヶ月入院したのだが、かなり長かったが中盤以降は、暇地獄にも慣れて、入院してて悪い気はしなかった。それで、一回だけ帰宅が許されて、引っ越したばかりのアパートに帰ることになった。看護師にバスの乗り継ぎ方が掲載されてる紙を渡されて、私はその紙を参考にバスを乗り継ぎ新しく引っ越したアパートに帰った。部屋に入ると物が散乱されており、こりゃ片付けるのは骨が折れるわいと思った。で、ベッドが隣の人の部屋と隣接してたので、私は長いこと騒音の被害に遭っていた為にちょっとした物音でもビクッとする為にまずはベッドの位置を反対側に移すことにした。部屋にはテーブルも本棚もありどかさなきゃならない為にベッドを移すのは骨が折れたが、何とか反対側にベッドを移して、後は部屋の後片付けをして、バスを降りてから途中で買ったスポーツドリンクをがぶ飲みして、疲れたのでベッドに横になっていた。そしたら、病院から電話がかかってきて今日は泊まれません。今すぐに病院に帰ってきて下さい!と結構強い口調で言われてしまった。バスの乗り継ぎ方が書いてる紙をよく読んでみたら一番下に今日は必ず帰宅して下さいと書かれており、私はバスの乗り継ぎ方だけを読んでいたので、一時帰宅とは翌日帰るものだとばかり思っていた。で、部屋の後片付けは中途半端ではあったが、退院してからちゃんと後片付けしようと思い、部屋を出てバス停まで歩いて行った。距離にして3キロくらいで結構遠かったが、今と違い早く歩けた為に直にバス停についてバスを待ってたら直に駅行きのバスが来た。駅まで行き、降りて、どのバスに乗れば病院にまで行けるか一時帰宅が許される前に貰ったバスの乗り継ぎ方が書いてある紙を確認したがよく分からなかったので、駅に設置されてる質問場所みたいな所に行き、女性職員に聞いたら、水門行きのバスに乗れば病院に行けますと言われたが、水門行きのバスに乗って下さいと紙には書いていたから、それは分かっていたが、どのバスが水門行きか分からず、もう一度女性職員の所に行きどのバスが水門行きか分かりませんと言ったら、私と一緒に待ってくれて、あのバスが水門行きですと指示してくれた。それで水門行きのバスに乗り病院近くのバス停まで行った。そこから病院は近く直に着く距離だったが、私は病院に行く前に久しぶりに一服して病院へ帰った。(久しぶりに吸う煙草はうまい)病院の病棟に戻ると私の夜食が用意されていて差し出されて食べた。院内に散髪師がいたが金が結構かかる為に私は利用しなかったが、家に帰った時に頭を丸めて病院へ帰ってきたが、誰も突っ込まなかった。

それで、遂に退院となり、別室に通されて訪問看護の人二人と色々と話し合いをして帰宅することとなった。退院の日は何だか名残惜しくなった。まだ、入院しててもいいかなと思った。最初の暇地獄を除けば入院生活はそれなりに楽しく気分の良いものであった。看護師も皆優しかったし綺麗な看護師もいたし。それで病院のバスで駅まで行き、駅のバス乗り場にはバスが沢山ありどのバスに乗って帰るか迷うとこだが、一回だけ帰宅が許された時に貰った乗り継ぎ方が掲載されてる紙を頼りにバスで帰ってきて午後3時頃に家に着いた。引っ越しはケースワーカー立ち会いのもと行われていた。集団ストーカー被害者なのでアパートはいつも最上階の角部屋であり、集団ストーカー被害者でなければもっと良い物件があったであろう。これはある知り合いの女性被害者から聞いたことだが、電磁波兵器を使えば幾らでも騒音は出せるらしい。それを知ってたらもっと良い部屋を借りてたことだろう。そう言えば昔アパートに住んでた時に床ドンがあったのでムカついた私は野球のバットで天井をドンドン叩いたら上から、何かした?と聞こえてきた。かなりの物音だったが、電磁波兵器を使えばそれくらいのことは出来るらしく、私は騒音がトラウマだったから、引っ越すの最上階の角部屋だったが、どこに引っ越しても意味はなかった。部屋は8畳だったが部屋の中にトイレと風呂があり、実質6畳程度で狭く嫌になった。私の住まいの近くにはスーパーが3つあり、他にはドラッグストアとか靴屋があり、立地条件はかなり良かった。その点は良かった)視覚的狭さが苦痛であり、嫌になり、集団ストーカー被害者じゃなかったらなあと思った。

それで、最初の頃は月2で病院に通ってたが面倒くさいので月1にしてもらった。入院中に担当医師に訪問看護はどうしますかと聞かれたので、訪問看護とはなんですか?と聞き返すと、患者の様子とか、精神状態を確認しに行くことです、と言われ、面倒くさそうな気がしたのでいいですと断った。すると担当医師は訪問看護は利用したほうが良いと思いますよ、と言った。それで私は仕方がなく訪問看護を利用することにした。最初は週一だったが、訪問看護がラストになり、訪問看護の人にまだ訪問看護を続けますか?それともやめますか?と聞かれたので、人と話すのは気分の悪いモノじゃないし、孤独は嫌だし、病状が悪化するかも知れないから続けてもらうように頼んだ。すると、訪問看護の人は次からは月1になりますのでと言った。月1か、たまにしか話せねえじゃねえかよ、と思ったが、誰とも会話しない日々が続くよりマシだと思った。今から7年前の話である。私は7年間も病院に通い、7年間も訪問看護を受けてることになる。

最初病院に連れてかれた時に担当医師に電波系のことはありますか?と聞かれたので集団ストーカーの嫌がらせに辟易してたこともあり、藁にもすがる思いで、思わずあります、と答えたら統合失調症の烙印を押されてしまった。昔、ネットで集団ストーカー被害者は強制的に入院させられて統合失調症の烙印を押されてしまうと読んでたから、ああ、本当の事なんだと思った。強制的に入院させて統合失調症の烙印を押されてしまうのは集団ストーカーの典型的な嫌がらせの1つだから、当然担当医師も集団ストーカーを知ってるのである。集団ストーカーの典型的な嫌がらせに一般人をよく起用すること、思考盗聴器がなければ不可能な嫌がらせが多いことを考えると皆集団ストーカーは知っており、思考盗聴してることになるだろう。集団ストーカーに参加する人間の数が尋常じゃないんだから。(エリザベス女王、ローマ法王も私に仄めかしてきた。私しか知らないプライベートな事だったから私に仄めかしてきたのは確実である。仄めかしの内容は集団ストーカーに教えてもらった可能性はあるが)それと、私と同じことを言ってる被害者を見たことも聞いたこともない。集団ストーカーは誰もが知る犯罪であり、普通の人達は思考盗聴して集団ストーカーしてること。いつ、どこに、誰といても集団ストーカーに遭うこと、集団ストーカーに参加する一般人が尋常じゃなく多いこと、対象を3次元的に把握してないと不可能な嫌がらせが多いことを考えると、実はみんな集団ストーカーを知っており、思考盗聴もしてるという結論に至ざるを得ない。

色々あった精神病院の生活だったが入院期間が6ヶ月とかなり長かったが、そんなに悪い気はしない入院生活で楽しいこともあった。どこの精神病院も似たようなものなのだろうか?私が、入院してた病院はせいわ病院といい近郊から外れた遠くにある病院だったが、楽しさを感じれる精神病院は珍しいのかも知れない。(ジャック・ニコルソン主演のカッコウの巣の上でみたいな、陰湿な印象が精神病院にあったがせいわ病院は患者も看護師も皆明るく楽しい雰囲気のある病院であった。そういう精神病院は珍しいのか?)受付の女性が綺麗で惚れたりした。私は毎月水曜日に病院に通ってるのだが、その綺麗な女性はいなくなってしまった。勤める日が変わったのか?病院自体を辞めたのか?それは分からないが、とにかく会えなくなって残念だ。

せいわ病院は近代的な設備は殆ど整ってあり、コンビニもあり、週一でコンビニの訪問販売があり、ご飯の量が少ないので、皆一週間分の食材を買い込んでいた。私はパンとかポテトチップスを一週間分買い込んだ。それと毎週、ジュースとアイスを買っていた。週一の贅沢だと思いながら。色々あったがとにかくせいわ病院は精神病院の印象が変わる実に明るい病院であった。アメリカの精神科医みたいにクドい文章の本を出版する人間がたくさんいたらクソみたいな病院になったであろう。看護師は皆フレンドリーで気軽に話が出来て、私が、シャドーボクシングをしてたら、1人の看護師の人に、そういうことはやらないで!怖がる患者もいるからと笑顔で言われた。精神病院もこんな人ばかりだったら楽しい場所になるだろう。せいわ病院だけ特別だったのかも知れない。

実は私はせいわ病院に2回入院してるのだが、何故かと言うと私が、サイクリングしてる時にゴミ収集車に轢かれて病院に運ばれたのである。その時の記憶が全くなく事故現場に来た警察官と何やら話をしたらしい。私は事故っても意識はあったようだ。それで、救急車で何故か事故現場の直近くに大きい中央病院があるのに、そこに運ばれず車で一時間以上かかる岩手医科大学附属病院まで運ばれてしまった。何故だろう。中央病院は私の祖母と母親が入院してそこで亡くなった病院であり、その頃は集団ストーカーを知らなかったが、中央病院の人は集団ストーカーを知ってると思われ、だから岩手医科大学附属病院へ入院ということになったのだろうか?私は母親が亡くなった時は、俺が、殺したんだ!と大号泣しており、中央病院に入院したらそのことを思い出し感傷に浸るのを避けるためだったのだろうか。とにかくかなり遠くにある岩手医科大学附属病院に入院して、手術する時に手術してもいいとサインしてたらしくその記憶も全くない。それで岩手医科大学附属病院で警察官とも色々と話したらしいがそのことも全く覚えてない。目が覚めたら病院におり、何で俺はこんなとこにいるんだ?と思った。岩手医科大学附属病院はかなり大きく近代的な病院であり、1階に大きいホールがあり、コンビニがあり、パン屋、コーヒーショップがあり、患者はそこのホールでテレビを見ていた。その時は夏で甲子園のシーズンだった為に私も1階に降りて甲子園を観戦してたら私の元に看護師の人が来て、松ケ平さん、勝手にここにきちゃ駄目ですよ、と言われて一緒に病室に戻った。それで1階に行けなくなった私はやることが無いためにスマホもなかったし、暇で仕方がなく院内散歩をしたり、付かないテレビが置いてある小ホールに行き、そこは窓ガラスがでかく正面に大きいARCSというスーパーがあり、スーパーに出入りする客を眺めていた。ご飯は私の場合はお粥でおかずは擦り潰されており、老人の食べるご飯みたいだったが、何故かと言うと私が入院して手術した時に何故か歯に詰め物をされてワイヤーも入られていた為だった。擦り潰したご飯が余りにも美味くないので、看護師の人にご飯を通常のものにしてくれませんか?と頼んだらすんなりこちらの願いが通りそれから通常メニューを食べれるようになった。味はせいわ病院の食事よりちょっと美味い程度であった。量は同じくらいであった。それで、基本的に買い物は許されず1階のローソンで買った食べ物は取り上げられて財布も取り上げられてしまった。これでジュースも飲めなくなってしまったが、何故か私の隣の患者は看護師の人に頼んでジュースを大量に買ってきて貰っていた。なぜ、私は1階に降りることも許されず、買い物も許されないんだ?集団ストーカーの仕業だとは思わなかったが、買い物が許される為には医師の判断が必要なのか?よく分からないが、私は何も許されず不満タラタラで、隠れて病室を抜け出して一階まで行きローソンで買い物をして食べながら甲子園を見てたら、上から看護師の人が降りてきて、松ケ平さん、駄目ですよ。早く戻りましょうと言われてしまった。館内はかなり広く入り組んでおり、散歩は結構楽しめた。隠れて一階まで行くことも度々あった。見つかる前に病室に戻ったが。

岩手医科大学附属病院では、せいわ病院と違ってせいわ病院では食事をホールで食べてたが岩手医科大学附属病院では病室で食べていた。せいわ病院の方が賑わってて良かったが、私は一人で食事をするのはそんなに苦痛でもないので美味しく頂いた。食事が擦り潰されてた頃は食事が嫌だったが普通の食事になってからは味はせいわ病院に勝ってたので美味かった。岩手医科大学附属病院の看護師の人もせいわ病院の看護師の人と変わらず良い人ばかりで、患者と気軽にお喋りしていた。私の隣の患者の男性は女性看護師の人とかなり仲が良くなっていたようでいつも笑い話をしていた。それで、その男性患者の人はその女性看護師の人に毎日ジュースを大量に買ってくるように頼んでいた。私は財布を取り上げられてたので買い物は頼めなかった。忌々しかった。何で私は買い物は許されなかったのだろう。女性看護師の人が綺麗な人だったから隣の患者に嫉妬した。私の目の前の老人患者の人は喋ることが出来ないようで消し書き出来る小さな黒板みたいな板に文字を書いて看護師の人とコミュニケートしていた。すると、女性看護師の人は、ああ、そうなんだあ、凄いね!とか言ってやり取りをしていた。他の看護師も集まってきて、ハハハ、そうなんだ、と笑いながら楽しそうにやり取りをしていた。私は相変わらず院内散歩、窓から景色を眺めることを繰り返していた。せいわ病院ではシャワーは週4だったが岩手医科大学附属病院では毎日シャワーを浴びれて受付の人にシャワーカードを渡した順番でシャワーを浴びていた。夕食を食べた後になると看護師の人が歯磨きと歯磨き粉を持って来てくれた。それで、葉月という女性看護師の人が持ってきたのだが、(かなり綺麗な女性)何でもコップの水は自分で用意する必要があるらしく、私はそのことを知らず用意しておらず、葉月さんは、ふぅ~とため息を付いて次からは水は自分で用意して下さいと言われて、葉月さんは面倒くさそうに水を汲みに行った。水道は私の病室の真向かいにあり、別に水汲みくらい面倒くさくねえだろ!それに、水は自分で用意するなんて聞いてねえから知らねえよ!何、嫌嫌ながらやってんだ、バカと思った。

私は歯に詰め物を入れられていたから、詰め物が剥がれて同時に歯が欠けてしまった。お陰で前歯はスカスカである。みっともないったらありゃしない。人前で笑えねえじゃねえか。何で交通事故で身体に怪我を負ったのに歯に詰め物入れてんだよ、バカと思った。歯が欠けたじゃねえか!

岩手医科大学附属病院には緊急で入院したのでシェーバーを用意しておらず、髭が伸び放題だったので、女性看護師の人が私の元にやってきて髭を剃りましょうと髭剃りを持ってきた。それで髭をそってスッキリした。歯には銀色のワイヤーが詰められていたので食事の時は看護師の人が外してくれた。それで、食事が終わると看護師の人が来てまたワイヤーを歯に詰めた。何で歯に詰め物とかワイヤーを入れたのか分からなかったが、食事の度に取り外すのは面倒だった。ある時女性看護師の人が自分でワイヤー入れれる?と聞いてきたので、私はたぶん大丈夫だと思いますと答え、前歯に爪楊枝のような先が尖った小さな棒を使いながら自分でワイヤーを歯に詰めた。意外と簡単だった。

僅か1ヶ月の入院だったが何度か歯の検査があり、私が院内散歩をしてるのは知ってるのに何故か車椅子に乗せられて歯の検査室まで連れてかれた。着くと車椅子を押してきた女性看護師の人が終わったらまた来ますから、と言って去っていった。何度か歯の検査をしたがいつも待ち時間が長く、早く始まれよ、といつも思っていた。自分の番になり検査をしたが検査時間は結構長かった。車に轢かれて病院に入院したのになぜ歯の検査をする必要があるのか聞いとけば良かった。交通事故にあい口を怪我することはなかった。それで、検査が終わり、女性看護師の人が戻ってくるのを待っていたがいつまで待っても来ず私は受付の女性の人に看護師の人を呼んでくださいと頼んだら、今から電話をかけますね、と言って電話をかけて、程なくして看護師の人が飛んで走ってきた。すいません、遅れて、と言って私を車椅子に乗せて病室まで戻った。私は自分の入院している病院の場所がわからなかったので、ここどこですか?と聞いたら紫波町ですと言われた。私は紫波町がどこにあるか知らなかったので、はぁ、そうですか、と答えた。スマホもなかったし、テレビも見に行ってはいけず買い物も許されない為にせいわ病院よりつまらない入院生活だったが、綺麗な女性看護師の人もいたし、綺麗な女性看護師の人は優しかったし、せいわ病院よりつまらないけど、まあ、いいかと思った。

で、それから程なくして退院が決まった。男性看護師の人にせいわ病院に行きますからと言われた。なぜなのか聞きそびれたが退院5日前くらいになると何だかドキドキしてきた。で、退院日になり女性看護師の人に1階まで一緒に行き、タクシーを呼んでますのでタクシーが来るまで待ちましょうと言われた。それから10分ほどしたらタクシーが来て私がタクシーに乗り込むと女性看護師の人がせいわ病院までお願いしますと言った。領収書があると市役所から金が出るらしく、その女性看護師の人が領収書もお願いしますと行った。私はタクシーの中でひっそり病院のローソンで買ってたポテトチップスを取り出し食べながらせいわ病院まで向かった。15分くらい走ってせいわ病院に着き、受付の人に事情を説明したら、担当医師が来るまで待ってて下さいと言われ、椅子に座り待ってると私の所に担当医師が来て一度も入ったことない部屋に通されて、私はたぶん、リハビリの為にせいわ病院に来たのだと思います、と答えると担当医師はそういうことだと思いますよ、と答えた。それから、事故の話をして、傷口を見せて担当医師との話は終わり、また、一度も入ったことない部屋に通された。そこはいつも診察する部屋がある奥にあり、ベッドが置いてあり、私はベッドに座り看護師の人が来るのを待った。結構な時間を待たされて、ようやく看護師の人が来て、では行きましょうか、と行った。場所は前回入院した監視病棟だった。またここかと思った。監視病棟でも一度も入ったことない部屋に通されて、受付の裏側にある部屋だったが看護師の人にちょっと待ってて下さいと言われた。待ってると看護師の人が食事を持ってやってきた。食べて下さいと言われて食べたのだが、全てのおかずが擦り潰されており、岩手医科大学附属病院から連絡が、あったんだなと思った。岩手医科大学附属病院では途中から通常の食事になったのになぜせいわ病院の人には私の食事のおかずはすり潰すように伝えたのだろうと思った。不味い食事を食べ終わり私が寝るベッドに連れてかれて、入院の準備をして来たわけではなかったので私は着替えも、シェーバーもタオルも持っておらず、はたと困ってしまったが、すると女性看護師の人が私の元に来て入院の準備をしましょうと言った。とりあえず、靴は取り上げられて、必要な、サンダルとバスタオルと石鹸を持ってやってきた。下のコンビニで買って来ましたのでと言われて、金を払い、ベッドの横に設置されてる小さいクローゼットに閉まった。これで、入院生活は送れるようになったが、スマホがないのが嫌だったし、着替えも無かったのでスキンヘッドの男性看護師の人にスマホとシェーバーと着替えを持ってきたいので一旦家に戻っていいですか?と聞いた。私は駄目ですと言われると思っていたが、すんなりと私の希望は通ってしまった。ラッキーと思った私は翌日に一旦家に戻ることになった。それで、翌日になり、家に戻る時間が来たので下まで降りて車に乗り込んだ。運転手はケースワーカーなのか看護師なのか訪問看護のひとなのか知らないがかなり綺麗な女性であった。一目惚れするレベルで綺麗な女性であった。今でも忘れられないくらい綺麗な女性であった。で、その人の車に乗せられて家まで戻った。私は部屋に入りスマホ、充電器、歯ブラシ、着替え、スウェットパンツ、パーカーを最初入院した時におばちゃんが持ってきたバッグに入れて車に戻った。せいわ病院に着くまで50分くらいかかり、(せいわ病院はかなり遠くにあり、岩手医科大学附属病院は更にその奥の方ににある)病院について、持ってきた品物をスマホ以外は全てクローゼットにしまい込んで、スマホを取り出した。充電器に差し込んだら充電は0%になっていた。スマホの充電スピードはかなり早いから直に使えるようになった。それで、早速被害者仲間の女性に事情を説明したメールを送った。暫くしてメールが返ってきて、そういうことだったんですね。メールが来ないので心配してました。メール仲間の○○さんと○○さんに相談してました、と返ってきた。このメール仲間の二人は女性と男性で今でも本当に時々メールでやり取りをしてる程度だが、1人の女性メール仲間から私の元にメールが来て何が書いてあったのかすっかり忘れてしまったが、私は交通事故に遭っていたことを説明するメールを送った。その後もう一回メールが返ってきたが内容は全て忘れてしまった。いつも、メールのやり取りをしてた女性被害者は私からメールが来ないから上の二人の被害者に相談してたらしい。それからは、毎日その女性被害者と病院でメールのやり取りをした。本当はしては駄目なんだが院内の食事をバレないように写真に取りめーるで添付して送ったりしてた。彼女は、音声送信の誘導により自殺未遂をしたことがあった。剃刀で手頸を切ったのである。死んでたら、ただの殺人ストーカーじゃねえかと思った。その女性被害者とは昔にこのブログに書いた携帯を集団ストーカーに乗っ取られた被害者と同一人物である。私はそこそこの長さで入院してた為に彼女は私からメールが来ないからどう思ってるだろうと岩手医科大学附属病院で思っていた。テレパシーでも使えれば何が起きたか教えることが出来るのにと思ったりした。何だか馬鹿げてるが。

で、せいわ病院では前回入院した時の患者は当然だが1人もおらず、看護師も2人以外は全員変わっていた。しかし、皆良い人ばかりであった。私のベッドの真ん前の患者は申し訳ないが見るからに気持ち悪く、私は暇潰し用に看護師に頼んで何冊か雑誌を買ってきてもらってたのだが、その気持ちの悪い患者がチョコレートを差し出して、これあげるので雑誌貸してくれませんか?と言ってきたが私は、いいです、と断った。何か貸してあげる気がしなかった。

作業療法のカラオケの時にブルーハーツの青空とか歌ったりした。それで青空を歌ってたら歌詞に感動して涙が流れそうになってしまい、ここで涙を流したら相当恥ずかしいぞと自分に言い聞かせて涙を流さず歌いきった。たぶん、集団ストーカーの嫌がらせに辟易してた為に青空の歌詞とメロディーに思わず感動してしまったのだろう。アメリカの作家、カート・ヴォネガットが泣けば悲しみは癒えると言ってたがこれは本当のことである。

他の患者の殆どは作業療法が終わるとテレビを見ていたが私は寝室に戻りスマホをしていた。上に書いた被害者女性にメールを送ったり、興味あることを検索したり、バレないように、館内を撮影したりしていた。退院後の話になるが、私は一度館内の女性職員を撮影したとこを看護師に見付かり、そこそこ問題になったようで、次の診察に言ったら担当医師に、出入り禁止の話もありましたが、1回目ということで今回は許しますから。もう絶対にやっちゃ駄目ですよと注意された。その日以来病院にスマホを持って行かなかったが(欲望に負けると思い)今は歩けなくなり、更に自転車に乗ると左右にゆらゆら揺れて危ないので、(酷い時だと2.3メートル左右に揺れる。自転車に乗れなくなった時と歩けなくなった時が時期的に被るのでこの病は根は同じところから出て来た派生物であろう)市役所の女性社員に事情を話して今は特別許可を貰いタクシーで病院に行っている。自宅から病院までは50分くらいかかり、結構な距離でタクシー代はだいたい、5~6000円くらいである。タクシーで5~6000円かかる距離は結構な距離であろう。障害者手帳があればタクシー会社にもよるが、割引になるらしくケースワーカーの人にこれからタクシーに乗る時は障害者手帳を提示するようにして下さいと言われたが、今の所利用したタクシー会社では割引させてもらってる。500円程度の割引である。

で、2回目のせいわ病院の入院ということになったが、私の担当の看護師の男性は若者だったが、かなり良い人で気軽に話せる人であった。週一で担当医師の診断があり、その時は受付室を通らなければならず、はぁ、受付室内はこうなってるのかと思い、担当医師と話し合いをしていた。話し合いの内容はいつも診察する時とほぼ同じであった。眠れてるとか、便はちゃんと出てるとか、ご飯をちゃんと食べれてるかとか、いつもの診察の時と大して変わらなかった。担当医師にこれ、こういう病状がありますと言っても処方される薬が変わるだけで、院内でもやることは無意味としか思えない作業療法であり、この病院は本当に苦しんでる人を助ける気はあるのかと思った。そういう思いで毎回病院に通ってるのだが、病院の担当医師の人は基本的には良い人であり、カッコウの巣の上でのような嫌な精神科医はおらず気軽なものであるが、病院に行くのは毎回面倒くさい。最初の頃は私は一時間半から二時間くらいかけて自転車で病院に通っており、毎日大して変わらない日々を送っており、つまらなく、することないから、毎月の自転車で行く病院は楽しみの1つであった。それなら毎日サイクリングすればいいじゃないか、と反論されそうだが、特に目的もなく自転車で走っても面白くもないのでやらない。

それで、院内の患者も看護師も2人除いてごっそり入れ替わってたわけだが、他の看護師はどこに行ったのだろうと思った。病院内の役割が変わったのか、病院自体移ったのかそれは分からないが、二年ぶりの入院だったが、患者も看護師も変わって当然であろう。看護師は若者が増えておりやたら元気であった。私を担当した看護師も若者だった。患者も若者が多く中学生3人組の可愛らしい女の子もいた。この女の子3人組は監視病棟に入れられると初めて聞いた時はどう思ったのだろう。私みたいに、自分はキチガイなのか?と思ったろうか。基本的には元気な女の子達だったが、1人ちょっとキツそうな女の子もいた。この女の子3人組は受験勉強の為に作業療法の時は勉強をしていた。作業療法は精神を健全にするためにやる、絶望的に何の効果もないある種のギャグみたいなものであったが、作業療法の時に勉強しても許されるんだと思った。彼女達は卓球大会とかカラオケ大会には基本的に参加してたが、一人は歌わず、そのカラオケマシーンはメロディーだけじゃなく歌も流せるマシーンらしく、当時流行ってたアドのうっせぇわを流していた。たぶん皆に聞いてもらいたかったのだろう。如何にも中学生だと思った。ねえ、凄い音楽でしょと。

可愛らしい女の子達だったから記念写真を撮ろうと思ったが声をかける勇気もなく記念撮影は出来なかった。基本的に院内では撮影は禁止であり駄目だった。今にしてみると勇気を出して記念撮影をしとくんだったと思う

この病院、真剣に人を治療する気ないよね。新しい症状が出ると薬を変えるだけだよね、と思った。基本的にみんな良い人ばかりなんだが。

入院中の話に戻ると本は無かったが、可愛らしい女の子もいたし、スマホもあったし、テレビも見れて、シャワーは週4で自分が記入した入りたい時間に入ることが出来た。午前中のシャワーはあっという間に埋まってしまうのであった。私はせいわ病院にいてもすることないし、汗をかかない為にいつシャワーを浴びてもいいと思っていたのでいつも最後に入る時間を記入していた。従って私がシャワーを浴びるのはいつも午後だった。ホールにでかい鏡とシャワーが設置されており、女性患者はそこでよくシャンプーをしていた。シャワーを浴びてもまた髪を洗いたいのかよ?どんだけ、綺麗好きなんだよと思った。それとも女の髪は直に油が溜まるのか?とにかく女の子達はそこでしょっちゅうシャンプーをしていた。髪を洗った後の女性もいいものだな、と思った。作業療法は前回の時とちょっと変わっており、ピンボールみたいなのがあったり、動画の閲覧が加わっていた。女の子達は相変わらず受験勉強をしていた。私は基本的にスマホをしており、上に書いた女性被害者にメールを送ったり、院内での出来事を女性被害者に送ったり、基本的にスマホ中心の生活であった。院内にいる、結構歳をいった患者が思い出話をしたり、若い看護師は元気で明るく、ワイワイ賑やかで基本的に監視病棟は明るい場所であった。ここ、本当に監視病棟かと言いたくなった。そして、週一で院内販売が来るから一週間分の食材を買い込んでいたが、毎週、女性と男性とで順番が決まっており、女性が先に買う週と男性が先に買う週で別れていた。女性が先に買う週では欲しいものを買われないか心配であったが、だいたいいつも欲しいものを買うことが出来た。スマホやったり甲子園を見てるうちに私の退院日が近付いてきた。私の担当の看護師に退院したい日を記入して下さいと言われたので、一番近い9日にした。私の退院日が近付いてくると、昔と同じく名残惜しくなった。可愛らしいおんな子たちも何人かいたし。記念撮影が出来なくて残念だった。それで、退院日になり、私服に着替え荷物をバッグに入れて受付まで行き退院時間が来るのを待ってると、1人の女性看護師が私の元に来て、さあ、行きますか、と行った。看護師の後を付いていき、歩きながら色々説明を聞き、入院料金を支払うことになった。1ヶ月も入院してたからとんでもない額になると思ったが、入院料金はなんと250円であった。余りにも安すぎると思った。それでバス停まで行く車に乗り込んで帰ることにした。そして、バス停に着き、気を付けて帰って下さいと言われ車を降りた。バスの乗り継ぎ方をすっかり忘れてたので歩いて帰ることにした。時間にして二時間くらいだったが、途中腹が減ったのでウエルシア薬局に寄りハムと卵をサンドした揚げパンを買ってウエルシア薬局で食べて歩いて帰ってきた。この時にかなり足を痛めてしまった。治るまで結構時間がかかるかかった。

それでベッドに横になり集団ストーカーの謎について考え始めた。集団ストーカーが私にくれたメッセージ、誰かの犠牲が必要、悪いことがまかり通る、社会的には善法的には悪。これは何を意味してるのだろうと。とくに社会的には善、法的には悪が気になった。社会的には善で法的には悪て何があるだろうと考えたが何も思いつかない。昔、TBSの社員から、「わかれば、ああ、そういうことだったのかと納得がいく」とメッセージがあったから、答えは意外と簡単な事じゃないかと思ったが、社会的には善、法的には悪の意味が分からなかった。未だにわからん。因みにTBSの社員からメッセージがあったのは私がベッドに横になり面白ネットニュースを見てたらマラソン大会でカメラマンとインタビュアーと証明と音声がマラソンランナーと一緒に走り、マラソンランナーにインタビューした話があったというニュースを読んで面白くて大爆発してたら、たぶん、TBSの社員はこんな状況下で大爆発する私に呆れたのだろう。それで、「分かれば、ああ、そういうことだったのかと納得がいく」とメッセージを送ってきたのであろう。だいたいが、ネットニュースを読むと野球のインタビュアーの殆どが笑いを堪えていた。私の集団ストーカーの解釈による勘違いが可笑しかったのだろう。TBSの社員は苦々しい顔をしていたが。昔は私は集団ストーカーは白人種の陰謀かと思っていた。だって、歴史を調べてみると一番酷くて過激なことをしてきたのは白人種で、なぜそうなのか考えてみると、白人種の心の根底には救いようもない観念が救うほど、不幸な人生を歩んでおり、劣等感補償として世界制覇があったのだし、現地住民を働かせて豊かになり(スペインは逆に貧しくなったが)金銀財宝を奪いイギリスは盗品の癖に大英博物館を誇りに思っており、ヨーロッパ人の根底には劣等感、被害者意識があったのは疑いの余地はない。白人種は今でもやってることは大して変わっておらず、大大的には侵略行為とかは流石にしないが、日本はネオコンの植民地であり、搾取されており、今はアメリカは韓国を支援して日本から搾取してるが、基本的なとこでは白人種は何も変わってないのが分かる。正にお先真っ暗だろう。いつまで白人支配は続くのか?世界の問題とは白人種問題であり、白人種が無意識では人類を恨んでるのは疑いの余地はなく、白人種の我がままかってぶりを治すだけで世界は随分と平和になるだろう。ある意味、これは、白人種を救う為の人類に課された試練であり、白人種の心から人類に対する憎しみを取り除くだけで、世界は随分変わるだろう。(恨み、憎しみを持ってる人間の扱いが一番難しい。何故かと言うと、助けなんかいらん。お前も同じ目に遭えと思うからである。で、実際に白人種は同じ目にあわせたのである)今まで何度も語ったが白人種は黒人から産まれた白子で黒人に気味悪がられて、地上の楽園アフリカを追い出され、農作物を育てるのに不利な寒冷地のヨーロッパ大陸に追い出されたのだし(誰が好き好んで地上の楽園アフリカを飛び出して寒冷地に住むだろうか。黒人に差別されていたということは生まれの初めから差別されてたのだし、こんな不幸な民族いるだろうか?)更に寒冷地の為に貧しく家畜の餌用の種を食べて飢えを凌ぎ、盗みに入って文物や食料を持ってくれば英雄になる始末。更に不幸が重なり、ローマ帝国にキリスト教を主に軍事力により押し付けられて、戦争が絶えず戦争してない期間は1000年間で僅か1年という戦闘民族であり、キリスト教を押し付けられて狂い、その症状として魔女狩りがあったと思われる。ルネサンスは抑圧されたものの回帰であり、実はキリスト教を信じておらず、例えそれがどんな思想であろうと押し付けられたものにはどうしても抵抗を感じ素直に信じることは出来ない。それで、文化の回帰現象としてルネサンスがあったのだろう。フロイドが言うように抑圧されたものは必ず回帰するのである。それがルネサンスである。で、大航海時代にヨーロッパ人が何をしたかと言うと、現地住民にキリスト教を押し付けるのである。自分達だけキリスト教を押し付けられた屈辱があるから他民族にも同じ屈辱を味わわせようとしたのである。このようにヨーロッパ白人は不幸だったのである。不幸だからそれを乗り越える為に大航海時代があったのだし、白人種は基本的な部分は今と変わってない。差別精神旺盛な白人種は多いし、日本人はお人好し、ある意味、ただの馬鹿。ヨーロッパに行けばまず間違いなく差別に遭うだろう。試しに行ってみればいい。まず確実に差別に遭うから。白人種は勿論良い面もたくさんあるが、やはり、注意は必要だろう。日本人は白人種から多大な恩恵を受けてるから、責めるだけでは駄目だと思うが。

それで、今の左翼の白人信仰は凄まじく日本の侵略は責めてもヨーロッパの侵略は責めないし(理由は他人を責めても何も解決出来ないかららしい。しかし、日本の侵略は責めてもヨーロッパの侵略は責めないのはおかしいと言わざるを得ないだろう。全く不公平であり、日本の左翼はいつだって白人種の見方である。私は当然だが、右翼ではない。右翼も左翼も問題ありと思ってる)今の私の説は集団ストーカーとは人間理解を深める社会的実験だが、笑う人間はいない。それで、ひょっとしたら正解なのかなと思ったが、以前、夢を見せれる集団ストーカーで書いたが、夢の内容は私が中学時代の友達と学校の教室におりテストをする夢だった。私のテストの点数は丁度50点だった。これは集団ストーカーが私に見せた夢で私の集団ストーカーの解釈は50点であることの示唆ではないかと考えた。今は笑っている人に遭遇することはないから、だいたい50点で当たっているのではなかろうか。集団ストーカーは私に人間理解を深める社会的実験説は半分正解だと夢を利用して語ってきたのではないか。とすると社会的実験する場合絶対に外せないアイテムは思考盗聴器で間違いなく、思考盗聴器を用いた社会実験説は50点くらいではあるまいか。半分間違っていたとしたら、その間違いとは何だろうか。今の私は自分の説を()に入れて別の説について考えてるが、その中で常に気になってたのは、集団ストーカーは社会的には善であり法的には悪の部分である。思考盗聴器で人の頭の中を覗くのは間違いなく社会的悪であるが、それが、法的には善だとしたらこれは一体何を意味してるのだろうか。何度も何度も考えてるが答えが全く見つからない。ひょっとしたら私のブログを読んで答えがわかってしまい集団ストーカーが終わった被害者がいるかも知れない。私は余り推理力がないからいつも悩んでいるが、少し賢しい人間には分かってしまうのかも知れない。

思考盗聴器で頭の中の情報を読み取られて気分が良いという馬鹿はどこにもいないだろうが、集団ストーカーの謎を紐解く上で絶対に欠かせないのは思考盗聴器だと100%確信してるが、しかし、集団ストーカーの謎はまだ分からない。思考盗聴器を使う最大の理由は勿論対象の脳の情報を読み取ることで間違いないが、どうも、集団ストーカーする理由はそれだけではないらしい。集団ストーカーはかなり奇特な犯罪であり、奇特な、嫌がらせが多く、これ、何の意味あんの?と言いたくなる集団ストーカーの嫌がらせが多く、大して被害者に効果なく、慣れてしまえばなんてことない嫌がらせが余りにも多い。(騒音と咳払いは慣れないが)例えば、アンカリング、コリジョンキャンペーン、嘲笑、車両ストーキング等(集団ストーカーの嫌がらせはだいたいこの4つで成り立っている。それ以外だと騒音と咳払いである)決まりきったことだけを永遠と繰り返してくる集団ストーカー。慣れてしまえばなんてことないので、この嫌がらせに何の意味があるのだろうと、考えてみたが、お前は集団ストーカーにターゲッティングされてるぞと思わす為にやってるのだろうか。それとも、何か別の目的でもあるだろうか?最近はそのことについて考えてるし、私は基本的に自分の考えを絶対化しないので(一神教になるからね)何か別の目的があるのではないかと考えてるが、答えは出ない。

とにかく意味不明過ぎる集団ストーカー。意味不明だから謎が、深まるわけだが私が今日提示した集団ストーカー側から来たヒント(誰かの犠牲が必要なことがある。社会的には善、法的には悪。分かってしまえば簡単なことだと分かる。悪いことがまかり通る)を参考に集団ストーカーを1から考察してみては如何だろうか。答えが見えてくるかも知れない。考える時は無意識を活用することだ。無意識を活用するとある日突然無意識から答えが降ってくることがある。ああ、何だか今にも分かりそうだという状態の時は無意識は答えを無意識に保存してるのである。つまり、答えを知ってるのである。後は無意識から答えが降ってくるのを待つだけである。私は全く答えが見付からないけどね😁

今回は精神病院の話が長すぎたし、後半は全く関係のない話になってしまった。(私のブログではよくあることだが)途中で読むのを止めた読者はたくさんいただろう😃最後まで読んだ貴方は偉い😊

それでは、またね☺

もう全てに耐えれない

集団ストーカー被害者だから当然であるが、他の被害者もそうであろう。私は集団ストーカー被害者だから働けなくなり、不本意ながら生活保護を受給してるが、2年ほど前に足の病気に罹り足が物凄く重たく歩くのもしんどく、2.30分くらいしか歩けない。従って働くのが不可能になってしまった。散歩をして身体を動かさないと寝れないので、意地で散歩はしてるがとにかく足が重たくて仕方がない。

この足の病気は集団ストーカーにされたのではないかと疑うこともある。朝の散歩と買い物以外は年中家の中にいるので、心が塞ぎこんでで仕方がない。まるで地獄にいるようだ。人間はイキイキと生きる為には、しっかりと働いて、遊ぶ時は遊び、恋愛でもしないと駄目なのだろう。集団ストーカー被害者だし、足の病気だしこれらのことは今の私には不可能だ。

何が辛いかって集団ストーカーの嫌がらせもそうだが、時間を無駄にすることである。これが最高に堪える。被害者だから好きなように生きれないし、年中家にいるし、毎日胸が締め付けられるように苦しい。俺の人生はこのまま終わってしまうのではないかと、絶望に暮れる毎日だ。他の被害者ブログを昔読んだことあるけど、集団ストーカーの嫌がらせが嫌で家に引きこもってしまった被害者がいた。そういった被害者はやはり、多いだろう。その被害者は引きこもりになって気が滅入ってくるようにならなかったのだろうか?外出すれば嫌がらせにあい、部屋の中にずっといれば心が塞ぐ。最悪である。

最近時間を無駄にしてることに関して考えてばかりいる。時間は最高に貴重であり、失ったら二度と取り戻せない為に、私は失った時間のことを考えて絶望に暮れる毎日だ。ただ歳を重ねるだけの人生。もう耐えられない。毎日の嫌がらせは辛いし、何もかも全て嫌気がさしてくる。泣きそうになる。

人生を犠牲にすることほど耐え難いこともないが、他の被害者はどうだろうか。確実に人生を集団ストーカーのせいで犠牲にしたと自覚してる被害者はいるだろうか?私は確実に集団ストーカーのせいで人生を犠牲にしたからやり切れない気持ちで1杯だし、絶望感にも襲われる。

毎日同じ日々が続く。その中で冷酷無比無情な嫌がらせにあい、耐えながら生きる。こんな地獄の日々は耐えられない。もう止めにしたい。毎日苦虫を噛み潰したような表情で生きてる。

人生て何だろう?人は何の為に生きるのだろう?欲望の赴くままに生きれれば幸せかも知れないが、後で代償を払う気がする。幸せな人生て何だろう?今の私には分からない。唯一分かってることは私の人生は最悪ということだけだ。集団ストーカー被害者でなかったとしても、碌な人生送ってなかった気がするが、集団ストーカー被害者に選ばれて最悪の人生を生きる事を余儀なくされてる。

もう何もかも沢山だ!いい加減に集団ストーカー終わりやがれ!この馬鹿たれ共!

如何なる理由があろうとも集団ストーカーは許さない

もう限界だ。耐えられない。集団ストーカーの嫌がらせで1番ムカつくのが電磁波攻撃だ。身体の各部位を電磁波で攻撃されるのだがこれが腹立ってしょうがない。中でも1番ムカつくのが睡眠妨害だ。夜眠りに付いてウトウトしてくると電磁波で攻撃してきて眠りの邪魔をされるのだ。これが最高に腹立ち毎日睡眠不足だ。人間は睡眠の邪魔をされるとストレスは溜まるし体調も悪くなる。

一体いつまでこんな糞みたいな嫌がらせに耐えなければならないのだろうか?被害期間も今年で33年目だし、我ながら実にもってるものだ。これだけ長いこと嫌がらせに耐えてきたら誰だって如何なる理由があろうとも許せる気になれないだろう。

私の集団ストーカー解釈では集団ストーカーは人間理解を深める為の社会実験だが、私の説が当たってるかどうかは別にしていくら何でもやりすぎではなかろうか。確かな理由はまだ分からないけど1人のニンゲンに対して33年も嫌がらせを続けるとか完全に狂ってる。人生を犠牲にし、やりたいことやしたいことが何も出来ない。私はどれだけ人生を無駄にしただろうか。普通の人達が自分の人生を好きなように生きれてるのに(生きれてない人もいるだろうが)、集団ストーカー被害者は集団ストーカーの嫌がらせの為に好きなように人生を生きれない。他の被害者も集団ストーカーの嫌がらせの為に自分の人生を好きなように生きれないことが1番腹立つことではなかろうか?

何があっても、もう集団ストーカーを許す気になれない。余りにも人生を無駄にし過ぎた。何度も言うが人生1度きりである。だから、人生には価値があるし1分1秒足りとも無駄にしてはいけない。誰が集団ストーカーを思い付いたのか知らぬが、こいつらはそのことが分かってない。33年も集団ストーカーするとかあり得ない。

全く憎たらしい集団ストーカー。街宣には80過ぎの老人が参加してたと言うし、80過ぎの老人に集団ストーカーするか?いくつまで生きるかわからないが80過ぎても集団ストーカーが終わらないとか簡便してもらいたい。やりたいことはまだ沢山ある。このまま集団ストーカーが終わらないとやりたいことが出来なくなってしまう。仮に終わらなかったとしたら後悔と絶望の内に死ぬことになってしまう。それだけは避けたいが一体どうなるか。

前にも書いたが私は女と付き合ったこともなく、女遊びもしたことない。これが最大の後悔だ。中3の頃に集団ストーカーが始まったから若い頃に恋愛も女遊びも出来る筈はなかった。全く忌々しく憎たらしい集団ストーカー。インスタグラムの動画を観てみるとJKが青春を謳歌してるのが良く分かる。性的にもそうでイキイキとセックスを楽しんでるJKばかりだ。余りにも羨まし過ぎる。JKでセックスフレンドがいたり、3Pとか4Pを楽しんでる。中には乱交パーティーに参加するJKもいる。今時のJKはどうなってんだ!?私の青春時代にJKブームが始まり、ミニスカルーズ茶髪が流行りブルセラや援助交際が流行ったが、流石に3Pとか4Pとか乱交パーティーに参加するJKなんかいなかった。今時のJKは性観念が崩壊してるのだろうが、正直羨ましくて仕方がない。私も死ぬまでに1度でいいからJKとやってみたい。その夢が叶ったら感動と興奮で夜も眠れないだろう。しかし、私は集団ストーカー被害者だ。JKとセックスするなんて絶望的だ。今年で48にもなる。待てど暮せど集団ストーカーは終わらず夢が遠ざかっていく。全く絶望的過ぎて泣けてくる。苦しんでる被害者からしてみたら(私も苦しんでるが)私の夢なんて下らないことにしか思えないだろうが、私が高校生の頃にJKブームが始まった頃から私はJKに魅了されており、今だに死ぬまでに1度でいいからJKとセックスする夢を捨てきれずにいる。

一体目的は何だ!誰が思い付きやがった!他人の人生をここまで残酷なまでに潰すことに何の意味がある。

毎日苦しいし、夢は遠ざかっていくしで最悪の人生だ。他の被害者も人生最悪だろうが、どういう風に最悪なのか知りたい。良かったらコメント欄に書いてもらいたい。それではまた。お互いに辛いけど頑張って生きていきましょう。