集団ストーカーと電磁波犯罪の謎

集団ストーカーの被害記録です

集団ストーカーのせいで色々諦めなきゃならないなんて

全くやってられない。好きな人生を生きることが出来なかった。集団ストーカーに翻弄され、それに対処する日々で人生を楽しむことが出来なかった。誰が何の目的で思い付いたのか。我々被害者は毎日不快な思いをし、人生を犠牲にするのだ。人生の価値は人生は一度きりしかないことにあるが、我々被害者はそんな一度きりの人生を十全に謳歌出来ない。私の友達は友達と遊んだり女遊びをしてたが私もしたかった。だけど出来なかった。私の人生は後悔に彩られており、一度きりの人生の半分以上を集団ストーカーに対処することに費やしており、全く楽しくない人生だった。私の知ってる被害者は50を過ぎても集団ストーカーが終わらず被害歴が40年を超えるが、私はまだ被害歴が28年であり、集団ストーカーはまだまだ終わりそうにない。年齢的に結婚出来るのはギリであるが、このまま50近くになっても終らなければ結婚は絶望的だ。私は結婚願望は強いが集団ストーカーのせいで諦めなければならないかもしれない。くっそ腹立つが、こちらの許諾なしに勝手に思考盗聴して毎日陰湿な嫌がらせにあう。こんな人生だから、生きることに全く価値を見出だせず死んだような生活を送っている。ある日集団ストーカーは私が50を過ぎても終らないかもしれないと、考えたら「はい、お帰り」と思考送信があった。この余裕しゃくしゃくな態度がくっそ癪に触るが、50を過ぎても集団ストーカーが終らなかったとしたら私はもう人生に絶望する以外にない。結婚はどう考えても無理である。

私は実は集団ストーカーは被害者予備軍以外は皆知ってる犯罪で被害者の脳の中を加害者だけでなく、普通の人達も覗いていると考えているが、そうすると集団ストーカーとはある種の学習を伴った人体実験であろう。人の脳の中を覗くと人間の神秘性、謎がかなり分かるだろう。例えば自国の言葉に翻訳出来ない言葉の概念も思考盗聴器を使えば分かるだろうし、或いは医療の面でも威力を発揮するだろう。目の見えない人に外の景色を見てる人間の映像を送信し、外の景色を見せることが出来るし、耳の聞こえない人と意志の疎通も出来る。思考盗聴器はかなり可能性のある兵器と言える。しかし、人の頭の中を覗くとかゲロを吐きたくなるくらい気持ち悪いし、医療に役立つと言っても、対象の脳の中を読ませるとか誰だって嫌だろう。かなりデリケートな問題であるが、そこで、誰かの犠牲が必要になり、我々集団ストーカー被害者は思考盗聴の対象に選ばれたであろうか。思考盗聴されてるだけでもかなり屈辱的であるが、それだけでなく毎日陰湿な苛めにあうのだ。苛めの内容はくっそムカつく苛めばかりで、私は毎日腹を立ててるが、どうせ、人生を犠牲にせざるを得ないのであれば、これは、もう徹底的に人体実験の対象として利用してやろうと言う考えであろうか。思考盗聴器を使えばかなり人間の謎が分かるのは確実だし、動物の脳の中だって覗くことが出来るだろう。人間だけでなく生物全般の謎が分かるだろうから、生命の神秘性を知る為にはやはりかなり有能な兵器と言える。そうだとしたら何故脳の中を覗くだけでなく、毎日苛めるのだろうか。この謎が分からない。精神的に極限状況まで追い詰めなければ分からないことがあるのだろうか。そうだとしたら精神的に極限状態まで追い込まれた人間をたまたま思考盗聴し、何か発見でもあったであろうか。それは知らんが、集団ストーカーは皆知ってるのであって毎日こんな悲惨な目にあってる人間がいるのによく普通の人達は普通の生活を送れるものだ。私なら負い目を感じて自分の人生を楽しめないだろう。何か気にする必要のない理由でもあるのであろうか。そいつは知らんがとにかく我々集団ストーカー被害者は貴重な人生を犠牲にしてるのであって、失った時間はどうやっても取り戻せず、悔恨に彩られた人生を生きざるを得ず、私は死ぬまで集団ストーカーを呪って生きるだろう。

覚悟を決める

私は被害歴28年だがもう集団ストーカーは一生終わらないと覚悟を決めた。私は基本的に集団ストーカーに対して反抗的だから集団ストーカーは集団ストーカーを止める気にならないだろう。この集団ストーカーは何が辛いかって嫌がらせも辛いが一番辛いのは思考盗聴である。私は考える時に言語化して考える癖があるのだが、頭の中で集団ストーカーを小馬鹿にした時に必ず電磁波拷問があるのである。実際に口に出して悪口を言った場合に報復にあうのならまだ分かるが(それでも納得出来ないが)頭の中の悪口もアウトなのである。頭の中の悪口もアウトとかいくら何でも厳し過ぎるだろう。頭の中を覗くとか究極的なプライバシーの侵害であり、犯罪行為に等しく許されないことだが、集団ストーカーは思考盗聴をして私を攻撃してくるのである。私は物事を言語化して考えるが、私がイメージだけで考え事をすると集団ストーカーは電磁波攻撃をしてくるのである。それで、私は物を考える時に殆ど言語化して考えるようになってしまった。従って集団ストーカーに対する怒りや憎しみも言語化されるようになってしまった。そうすると集団ストーカーは怒って電磁波攻撃をしてくるのである。訳が分からない。私に悪口を言わせて、怒り、報復行為をしてくるのである。アホだろ。どう考えても。こいつらは私のことが嫌いらしいが、私の頭の中を勝手に読んで勝手に嫌いになってるのである。どう考えてもアホである。私のことが嫌いなら思考盗聴するなよと、言いたくなる。以前散歩の時に「みんなが認めるまでやめない」と思考送信があったが、たぶん集団ストーカーは私のことが嫌いだから、私に文句を言わせて印象を悪くさせて集団ストーカーを止めさせないようにしてるのだろう。私に自由を与えたくないのだろう。それで、集団ストーカーを続ける為に私に電磁波攻撃をして私に文句を言わせて、集団ストーカーを止めない方向に持っていってるのだろう。

1つ気付いたことがあるのだが、私に好きな女が出来ると嫌がらせが激化するのである。以前docomoのショップ店員を好きになった時も電磁波拷問を受けて頭は禿げあがり脳機能が低下した。日常生活に支障をきたすレベルで脳機能が低下し、もの忘れも酷くなった。そんな私を小馬鹿にするスレッドが2ちゃんねる(現5ちゃんねる)に立てられて実に嬉しそうに私の不幸を喜び、レスをしていたのである。被害者意識と劣等感の塊なのだが、こいつらは基本的に不幸で生きててもつまらなく、集団ストーカーを生業にしてる為に自分に誇りが持てず自尊心が低下して被害者を相対的に咎めなければ自我が安定しないのだろう。自分の不幸から逃げてる腰抜けだが、今、私は好きな女がいるが、今回も前回と同じく電磁波攻撃が激化して私は怒り狂った。こいつらはたぶんニートで一日中家にいて彼女も出来なく劣等感があるから、常に他人に嫉妬していて、私に彼女が出来るのが許せないのであろう。何ともさもしく哀れな奴等である。集団ストーカーを止めて普通に働けばいいと思うが底スペック過ぎて間ともな職場に就職出来ず、集団ストーカーみたいな糞みたいな仕事をする以外に何も出来ないのであろう。以前ある掲示板で集団ストーカー加害者と思われる人間が私に粘着してたが、そいつはどう考えても劣等感の塊であった。そいつは、2階から床を叩いて飯を持ってこいと母親に言ってると言うスレッドを立ててたが、集団ストーカーを生業にしなければ生きていかれず自分に誇りが持てず他人に嫉妬してやりきれない思いを抱いており、そんな生活に嫌気がさしてるのだろう。私がそいつに粘着されてムカついてやり返したらそいつが「ムカついた。酒飲んで、オナニーして寝る」と言う内容のスレッドを立てていた。幼稚だしどう考えても間ともじゃない。集団ストーカー加害者の多くがこいつみたいに自分に誇りが持てず自尊心が低下して他人を攻撃して劣等感を刺激し、劣等感補償をしてるのであろう。私はこんな奴等に嫌われているのである。だから、集団ストーカーが終わるのは絶望的である。こんな奴等に認められなければ集団ストーカーは終わらないのである。私は集団ストーカーを心底小馬鹿にし、見下してるから、集団ストーカーの低能は私のことがどうしても許せないのであろう。今も集団ストーカーの馬鹿から電磁波刺激があった。こんな哀れでさもしい奴等に人生を潰されるとか被害者が哀れでたまらない。

集団ストーカーの被害者に選ばれてしたいことが自由に出来ず、貴重な時間を嫌と言うほど犠牲にし、私は全く人生を謳歌出来ず、過去は変えられず、時間は取り戻せない。私は一生後悔を抱えたまま生きることになるだろう。そんな私みたいな存在は集団ストーカーにとっては美味しい存在なのであろう。自分達の不幸を克服する為に被害者をいたぶり劣等感補償をすることでしか自我の安定保てない腰抜けだが、私は集団ストーカーを思い付いた奴を絶対に許さない。必ず復讐してやる。私の怨念が生き霊となり集団ストーカーを思い付いた奴を殺す。覚悟しとけ馬鹿。

哀れでさもしい集団ストーカーのちゃちいプライド

私は以前に資本主義を発展させたのは性欲であると書いたがその中でどんな生理的現象にも社会性があり、性欲を満足させたい衝動も普遍的現象ではなく社会性があると書いて、つまり、一種の文化装置がそういう観念を醸成させて、セックスをやりたい衝動を生み出し、セックスをさせてるわけで、セックス自体に感動や興奮や快楽があると思われてるが、実際は客観性がないのであって、そう思えるのは、文化装置にそう思わされてるだけに過ぎず、やりちんが女を抱きまくって性欲を満足させるのも実は性欲を満足させたい衝動よりもただ単に他人より精神的に上位に立ちたい衝動があり、劣等感補償であって社会に踊らされた哀れな野郎に過ぎないと書いた。実際に私はセックスをしても感動も快楽もなく、「何だ。こんなもんか」で終わりであり、客観性はなく、人それぞれとしか言いようがないと思った。私の好きなロックバンド、レッド・ホット・チリ・ペッパーズがブラッド・シュガー・セックス・マジックと言う曲を書いていてセックスにある種の神秘性を見出だし、セックスの素晴らしさについて歌ってたので、私はセックスに過大な期待を抱いていたがいざ、やってみると大した感動も快楽もなく拍子抜けした。私は愛する人とセックスをしたことないから、そう思うのかもしれないが、愛自体が幻想であるし、私は人を愛すこともなければ愛を求めることもないので、愛あるセックスをしたいとも思わない。で、それから幾日か経った頃にその事について考えてた時があって、そしたら集団ストーカーから私の頭の中に「お前だけには言われたくなかった」と思考送信があった。集団ストーカーは集団ストーカーをして金を稼ぎその稼いだ金で女を得てセックスをしまくってるだろうか。それで優越感に浸ってるだろうか。そうだとしたらどうしようもない馬鹿だ。こいつらはとにかくプライドが高く屈辱を与えられることが大嫌いで精神的に優位に立とうとするから女を得る目的も優越感に浸りたいからだろう。本当に馬鹿だな。ほとんど終わってると言えるだろう。集団ストーカーは罪悪感があり、それに耐えきれず、罪の意識を誤魔化し自己正当化して生きてると以前書いたがこいつらは普通と違う仕事をして金を稼いでることに負い目と劣等感がある為に他人よりも精神的に上位に立ちたいのだろう。そうでないと自我が破綻するのである。それを誤魔化さずに生きなければならない。どんな人間も例外もなく悪いことをしたら罪悪感を抱くから被害者の頭の中を読み、苛め、人生を奪うことに集団ストーカーは耐えられないのだろう。だから、一貫して集団ストーカーは行動原理的に何をするにせよ罪悪感を誤魔化し優越感に浸りたがるのである。これは逃げで卑怯だが、集団ストーカーが罪を見つめることは難しいだろう。こいつらだって普通の人間と同じく人生を楽しみたいのだろう。しかし、毎日こんなに酷いことをしてる人間が人生を楽しんでもいいのかと自問自答する日々なのであろう。負い目に耐えられないのだろう。しかし、自分を誤魔化した果てにあるのは敗北だけである。だから、集団ストーカーはこれからは罪の意識を誤魔化さず生きていくべきであろう。難しいことであろうが・・・

無理な要求をしてくる集団ストーカー

私が集団ストーカーに何度も反抗的態度をとることはこのブログで何度も説明した。集団ストーカーの嫌がらせが実に卑しく、ムカつく嫌がらせばかりでこちらは腹を立てていちいち反抗的態度を取るのだが、集団ストーカーはそれが許せないらしいのだ。それで私に屈辱に耐えてもらいたいようである。しかし、それは無理な話である。人間は絶対に屈辱には耐えれないように出来ており屈辱には屈辱で返すのである。人類史を眺めてみれば明らかであろう。地獄の大航海時代はヨーロッパ人の屈辱克服の為にあった。スペインに滅ぼされたインカ帝国アステカ帝国は物ごいがおらず豊かな社会だったらしいが、貧しいヨーロッパは彼等に嫉妬して金銀財宝を盗み、現地住民を大虐殺した。当時のスペインは完全に発狂しており、赤ちゃんを岩に叩きつけて殺したり、獰猛な犬に彼等を食べさせたり、剣の切れ味を試す為に現地住民を試し切りしたり、背中におぶって目的地まで連ばせたり、火を焚いてその上に台を作りそこに寝かせてわざと弱火にし、ジワジワとなぶり殺しにした。更にヨーロッパから持ち込まれた天然痘が免疫のない彼等を死へと追いやった。そして、インカ帝国アステカ帝国は滅んだ。そしてヨーロッパは次から次へと植民地争奪戦に乗りだし勝手に異郷の地を自分達の領土と決めて植民地化して、現地住民を奴隷として使役した。アフリカからも奴隷が連れてこられた。アフリカ人には番号がふられ商人達に買われたのであった。これはどう考えても長いこと不幸な人生を生きてきたヨーロッパ人の屈辱克服の為の復讐であった。ヨーロッパはローマ帝国に主に軍事力によりキリスト教をおしつけられたが、ヨーロッパはその反動か異教徒にキリスト教を押し付けるのであった。自分達がされたことを他民族に脅迫的にしたのであった。これも復讐であろう。ヨーロッパでは今ではキリスト教が滅びかかってるが、ヨーロッパを考える時にキリスト教は無視出来ないと言われてるが、ヨーロッパ人にとってはキリスト教はやはり重荷だったのである。自分達だけが、キリスト教を押し付けられたのが我慢出来ずに他民族にキリスト教を押し付けたのだ。このように、人間は屈辱を与えられるとその苦痛な現実を受け入れることが出来ずに必ず復讐をして晴らそうとするのである。例外はない。あるとしたら今の日本がそうであろう。ストックホルム症候群である。屈辱を抑圧して本来なら敵意を抱く相手に対して媚びてしまう症状のことである。しかし、これは復讐はしてないが屈辱を感じてることでは同じであり、逆方向だが屈辱を何らかのかたちで回避してることでは同じである。従って集団ストーカーが私にしてることは完全に精神的リンチであり、私に屈辱に耐えてもらいたいとか無理な話である。私がした悪いことと言ったら匿名掲示板に集団ストーカーの悪口を書いただけである。私は、集団ストーカーを小馬鹿にし、見下し、これでもかってくらい罵倒した。集団ストーカーはどうもそのことが許せないらしく私に謝罪を要求してきた。私が今までどれだけ、悲惨な人生を歩んできたかは集団ストーカーが一番知ってるだろう。従って、たかが掲示板に書き込んだ悪口くらいで謝罪を要求してくるとか異常である。こいつらは元々被害者意識や、或いは劣等感が強いと考えないとこいつらの行動原理の説明がつかない。集団ストーカーは謝れば終ると、言ってたのだが私は何度も謝ったが集団ストーカーが終ることはなかった。だいたいが頭の中を読まれてるだけでも実に屈辱的である。これが如何に屈辱的かは少し想像するだけで誰にも分かるだろう。集団ストーカーは私が何か考え事をする度に私を電磁波兵器で攻撃してきた。これが、死ぬほどムカつくのである。頭の中を読んで電磁波攻撃をしてくるとかどう考えても異常であろう。私と同じ被害にあってる被害者もいるかも知れないが、本当にムカつくのである。

集団ストーカーは私に何を求めているのだろうか。こちらは早く終ってもらいたいし、嫌がらせが辛いから、何を求めてるのか言えよ、と言うのだが集団ストーカーの馬鹿は言わない。ただ電磁波攻撃をしてきたり、アンカリングしてくるだけである。ある時集団ストーカーから「皆が認めるまで終わらない」と思考送信があった。皆が認めるまでって何人いるんだよ、どう考えても終るのは絶望的ではないか。人の人生を何だと思ってるのか。こっちはもう歳だから早く終わってもらいたいのである。人生の時間を犠牲にした。失った時間は返ってこない。全くもってやってられない。集団ストーカーが私に変わってもらいたがってるのは確実だがどうもこいつらは私のことを強制的に変えたいようである。しかし、どんな理由があろうが人間を強制的に変えてはいけない。如何なる理由があろうともそれは悪である。私は鶴崎と言う男に人格を破壊されたと何度か書いたが、鶴崎は明らかに私を人為的に変えようとしていた。私は鶴崎に好きなものを否定されて、嫌いな物を押し付けられた。私にとっては苦痛以外の何物でもなかったが、鶴崎にとってはそれが善意なのである。私の為を思って私を変えようとしてるのである。しかし、客観的には明らかに悪なのであり、罪深い行為なのである。私は自分を見失い何が好きか分からなくなってしまった。今でも後遺症に苦しんでいるのである。あれから28年経ってもトラウマに苦しんでいるのである。人格破壊は厄介である。完全な治療法はない。唯一あるとしたら同じ事をやり返してうさを晴らすだけである。これで気持ちは大分すっきりするだろう。私はまだ鶴崎に復讐を果たせてない。今でも復讐するき満々である。人間はどうやっても屈辱には耐えれないのである。だから、集団ストーカーがしてることは如何に悪か分かるだろう。こいつらがしようとしてることは明らかに人格改造である。

集団ストーカーはよく私に黙れよと、思考送信、或いは音声送信をしてくるが黙れば終るのだろうか。こっちは被害歴28年である。集団ストーカーの言うことは信用出来ない。謝れば終ると言われたので何100回も謝ったが集団ストーカーが終ることはなかった。こいつらは戯言癖があるのではないのか。後、1つ気づいた事があるが、私が集団ストーカーに悪態をつくと、外を行き交う人々が私を見て笑いを堪えている場面によく遭遇するのである。毎日電磁波が鬱陶しくムカついていつもキレてるが、余りにもしつこいので堪忍袋の尾がキレて集団ストーカーを心底小馬鹿にし見下し、罵倒すると笑いを堪える人間に遭遇するのである。こっちは28年も被害にあってるし、人生を犠牲にしてるので全く笑えない。何が面白くて笑ってるのだろうか。特に女に多い。集団ストーカーが笑わせて、私を不快な気持ちにさせてるのだろうか。死ぬほどムカつくのだが、他人の不幸を喜ぶゴミクズだと思うが、日本人はこんな奴ばかりだと思うとげんなりしてくる。お前らも30年近くも集団ストーカーにあってみろよと、言いたくなる。私は後2年で被害例30年である。余りにも長すぎる。どう考えてももういいだろう。私の知ってる被害者は被害歴が40年を超えていて私より10年以上も長く被害にあっているが、何故ここまで人生を犠牲しなきゃいけないのか。全く納得出来ない。とにかく集団ストーカーは納得出来ないことだらけでどんな理由があったとしても承服し難い犯罪である。

ガチのマジでやばいことになってる日本

バブルが弾けて一億総中流社会が崩壊した日本であるが、その後立ち上がり経済が上向きに進んだと思えたその直後に橋本が総理になり橋本は巨大な緊縮財政を施行し日本は奈落の底に落ちた。格差が拡がり自殺者が増えた。その後小泉が総理になると日本に新自由主義を導入して、非正規雇用者が増えて社会格差が更に拡がった。竹中は新自由主義が人間においては正しい社会の有り様だと説き誰にもチャンスがあるかのようなことを言っていたがこれは全く共感出来ない。人間は基本的に普通のしぶしぶとした生活が合っており一部の商才のある人間だけが良い思いをする社会が健全だとは思えない。自民党は歴史的に国民よりも企業を見てきた政党と言えて、戦後の経済発展の時はそれでも良かったが、格差が拡がり貧困層が産まれ格差はますます拡がった社会で自民党のような政党は全く役に立たない。小泉と竹中はアメリカに魂を売り飛ばした売国奴であり、拉致被害者を一部取り戻した以外には全く評価出来ない。小泉と特に竹中はストックホルムシンドロームにかかってるだろう。ストックホルムシンドロームとは屈辱を抑圧して相手の言いなりになってしまう症状だが竹中は完全にアメリカに精神的にやられてしまった哀れな売国奴と言える。竹中みたいな人間こそ一番屈辱を感じてるのである。金持ちしか見てないように見えるがこういう人間こそその実アメリカの属国であることに屈辱を感じており、打開策が全く見えないものだから、耐え難い屈辱を抑圧して、その対象の言いなりになるかその対象を模倣して屈辱を回避しようとするのである。全く哀れな病人としか言いようがない。そして最悪の安倍の登場となるが、安倍はお子ちゃまファシズムを拗らせた哀れな総理で安保法制、集団的自衛権特定秘密保護法を採択して明らかに現憲法に反する悪法を通したが、安倍は妻に憲法を変えたいと言っており、日本を取り戻すと言っていたがいつの時代の日本を取り戻すのかと言うと明らかに戦前の日本を取り戻そうとしており、自民党にはカルト日本会議のメンバーが多く、日本会議は大平洋戦争の敗北を認めておらず、大日本帝国の復活を目論んでおりかなりヤバイ団体であるが、自民党日本会議のメンバーが多いことは注意が必要であろう。日本人は第二次世界大戦の時にアメリカに宣戦布告をして真珠湾奇襲をしたがその時に知識人も含めて遂にアメリカに復讐の時がきたと日本は沸いていたのであって大日本帝国にシンパシーを感じる日本人は案外多いだろう。私はアメリカには宣戦布告をすべきではなくイギリスとオランダだけに宣戦布告すべきだったと思ってるがアメリカ相手では日本は物量の差が有りすぎて、しかも作戦が杜撰過ぎることもあってとてもじゃないが勝てる相手ではなかった。日本は馬鹿な戦争をしたと思ってるが日本会議のメンバーは敗戦を認めてないのだから頭が痛い。自民党は安倍を含めて右翼的だが、それなら反米になるはすだが、反米にはならず、猿の1つ覚えの如くアメリカとの同盟を強化するとほざいており日本はアメリカには全く頭が上がらずいつもアメリカの言いなりであった。その為に自民党はますます右翼的になり、しかし、アメリカが怖いから反発出来ずその為に二律背反する感情を持っており相当精神が屈折してるであろう。日本会議のメンバーが多いなら反米になって当然だが自民党は反米にはならず親米なのは不思議だが恐らく自民党も全く哀れなストックホルムシンドロームの患者であり、そんな自民党を支持してる所謂ネトウヨも同じく患者であって、こんな政党が与党なのだから全く悲観的に成らざるを得ない。民主党が与党になった時に期待を持たせたが政権運営能力のなさを露呈してしまい、結果的に自民党1強体制を支えてしまってるのは頭が痛い。安倍は富裕層を優遇する政策をとり富裕層はますます豊かになり、貧困層は貧困から抜け出せず辛い人生を生きることを強いられてるがこのままではどう考えても良いとは思えない。安倍は小泉以下の人間で評価出来ることが何もない。こんな奴が総理最長任期だったのだから日本は終ってると言える。大衆は何を支持してたのだろうか。社会格差を全く是正せずに富裕層だけが豊かになる社会が良いはずはなく、国民はもっと文句を言っても良さそうだが文句をいうどころか馬鹿な安倍を支持してたのだからマゾ民族と言える。国民の役20%が低賃金労働者であり、デモでも起こせば良いと思うのだが何故かデモも起こさず渋々と従っている。昔は学生運動もあったし、よくデモも行ってたが最近の日本人は元気がなく文句も言わなくなってしまった。私は日本人は基本的に反米だと見ている。千回以上も空襲にあい原爆を2発も落とされて一般市民が110万人も殺され、挙げ句の果てに文明を犯した罪とかでアメリカに裁かれたのだ。ここまでされたら誰でも反米になるだろう。東京裁判は勝者が敗者を裁く裁判の本質を踏み外したインチキ裁判であったが、日本は戦後はアメリカ万歳になってしまったが、私は日本人はやはりストックホルムシンドロームに罹ってると見てる。つまり屈辱を受け入れる上限を超えたのである。一周回って2周してストックホルムシンドロームに罹ったのである。だから、基本的な心情として日本人は反米だと思ってる。今は日本が徐々に右系化しておりまるで振り子のように右に左に揺れるが日本人の根幹を成してるは反米感情である。左翼は連合国史観に立っているがこいつらも自民党と同じくストックホルムシンドロームに罹っており、本音を言えば恐らく反米であろう。日本の文化の中心には何もないから、後ろ楯がなく支えとなるものがないので押しに負けたのだろう。私は今の日本が狂ってしまった根本原因は日本の文化の中心には何も無いところから出てきた症状と見ている。立脚点がないから思考の中心をなす、イディアールディプスを持つことが出来ず、日本をどう変えたら良いのか分からないのである。しかも、日本は歴史上常に外国を仰ぎ見てきた民族であり、基本的に外国崇拝で、かつては和魂漢才と呼ばれ、今は和魂洋才である。この和魂洋才が問題があると言えるだろう。私は日本人にはヨーロッパ的価値や観念は合わないと思う。同じ東洋の思想を信仰してた和魂漢才時代の頃の方が幸福であったであろう。実際に江戸時代に日本を訪れたヨーロッパ人が日本人は確かに幸福そうにしてると書き残しており、何でも昔の日本人はちょっとしたことでもゲラゲラといつまでも笑う民族であったらしい。今の日本人と江戸時代の日本人は違った民族であったであろう。樹木に鷲が止まると日本人はワイワイ集まってきて嬉しそうにしており中には絵を書く人間もいて、その光景を目撃したヨーロッパ人が、ヨーロッパ人なら狩りをするのに日本人は喜んでると書き残している。今の日本人は確かに変わってしまい養鶏場では使い物にならない雛をバケツに入れて踏み殺すようなことをしており、確かに変わってしまったと言えるだろう。やはり、和魂洋才は問題があると言える。日本人は半身ヨーロッパ人になってしまっており、自然や動物等を敬う気持ちを持たなくなってしまっており、資源は有限なのに大切な命を頂くことに感謝の気持ちも持たずテレビ番組では食べ物を粗末に扱うこともあり、馬鹿もここに極まれりといった感じだが、人間はここまで変わるかと驚いてしまうが、日本人は基本的に思考の立脚点を外国の思想に頼る民族であり、自分達に本当に合った立脚点を持とうとはせずに常に外国に依存してると言える。私は日本人は本音を言えば鎖国して江戸時代の頃のように気の合う身内とだけ生きたがってると見てるが、今さら鎖国するわけにもいかず、面倒くさい外国人と付き合っていかなければならず、国際社会においては大人の付き合いをしなければならないが、日本が国際化して僅か150年しか経っておらず、未だに外交下手でこの期に及んで日本は国際化すべきだと言ってるのだから呆れる。世界全体が流動化し、インターネットがこれだけ溢れる時代に国際化とは何事か。私は日本はとっくに国際社会の一員だと思っていたが日本人はそうは思ってなかったらしい。やはり、本音は鎖国したいのだろう。その希望が叶わないものだから、逆に国際化と強調するのである。問題は山ずみである。どうすべきか。日本の文化の中心には何もないと説明したが、文化の中心に何か持ってる民族や国家が如何にはた迷惑か説く人間がいるが、確かにキリスト教ははた迷惑だったし、そこからの派生物のマルクシズムや或いはナチズムや共産主義等確かにはた迷惑だったが文化の中心に何もない日本人も思考が絶対化されると日本会議みたいなカルトが出てくるのである。要するに文化の中心に何かあろうが、なかろうが、思考は絶対化されるのである。それならば結局のところ、日本人に合った立脚点を持つ以外にない。勿論それを絶対化したり、他民族等に押し付けてはならない。今の日本は明らかに有事だが、日本人はこれからは外国の思想に頼らずに自分達の頭で考えて本当の意味で自分達にあった国家を建設しなければならないだろう。私はそれ以外に解決策はないと思っている。これからは和魂和才でいくべきだと思っている。しかし、日本人には孤立恐怖と取り残され恐怖があるのでどうしても外国に寄りかかろうとするだろう。日本人に孤立恐怖と取り残され恐怖があるのは真の意味でどこの国とも関係を築けてないことを意味する。どこの国とも通路づけが出来てないのである。日本人は外国の思想に頼るがそれも、具合が悪くなったら取り外しがきくからだ。そんな民族だから本当の意味での他国との関係性を保証する通路づけが出来ないのである。本当の関係を築けないのである。日本のサブカルチャーが世界で人気だから日本の文化が世界で受けていることを考えると多少は通路づけが出来てると言えるが、まだ、日本は和魂洋才、或いは和魂米才であり、今でも外国に寄りかかっていると言える。これからの日本は外国に頼らずに自分達の頭で考えて本当に日本人に合ってる社会を築いていくべきだろう。そうしないと格差は是正されず日本は確実に衰退し後進国になるだろう。

社会格差をなくす為に最低賃金を上げるべきだと思う。そして非正規雇用者をなくすべきだと思う。今の日本には給料の少なさから恋愛も結婚も諦める人間が多く、そうすると必然的に少子化になるが、自民党少子化対策として1000万人の移民を入れることを考えてるようだが、そんな事をせずに社会格差を失くし最低賃金を上げて誰もがそこそこ豊かな生活を送れるようにして、結婚も出来るようにすべきだと思う。このままでは将来は移民に面倒をみられる時代が来るかもしれない。そんな社会が果たして健全な社会か。しかも、今は旦那の稼ぎだけでは生きていけない家庭も増えており共働き家庭が多い。そうすると子供の教育問題も出て来て、困ったことになってしまう。少子化により国際競争力の低下、社会補償費の増大等の問題が付随し今の日本はお先真っ暗だ。どうすべきかは政治家の問題ではない。国民の問題である。例えば韓国や台湾は国民自ら立ち上がり民主主義を勝ち取った歴史があり、韓国では大統領が悲惨な結末を辿ることが多く、政権能力がなかったり罪を犯せば直ぐに引きずり落とされるが日本では自民党と言う犯罪集団がやりたい放題であり、罪を犯しても黒塗りが当たり前で辞職もせずに議員を続けている。日本の政府が腐敗してるのはアメリカの属国だからだと見てるがそんなことを言えば韓国もアメリカの属国だが、韓国は民主主義を自力で勝ち取った歴史があるので日本と違って自らの足で立っていると言える。日本人は自分の足で立っていない。皆が右を向けば右を向き長いものには巻かれろ、依らば大樹の陰で全く独立心がない。このままでは駄目である。どうすべきかは、まず、日本の中心には何もないと自覚することだ。自分達を知らずして日本の改革もない。ある程度客観視する必要があるだろう。そうして初めて日本の独立も見えてくるだろう。

日本は韓国、中国、ロシア、アメリカだけを相手にしてるわけにはいかず、内部を見るとカルト右翼、カルト左翼がいて内部的問題を抱えてると言える。これは実に難しい問題である。外部と内部の両方に問題があるのであって問題克服は実に大変である。しかし、そんな事を言えば大陸人も半島人も凄まじい不幸に見舞われた歴史的経緯があるわけで何も日本だけが混乱してたわけではない。ヨーロッパは大航海時代により困難から逃げて不幸を世界中に撒き散らし困難から脱却し、韓国は真実の歴史を抑圧して(見るのも躊躇われる凄まじい不幸史)嘘の歴史理解の元に何とか自我の安定を保っているが、日本はそういう恥知らずなことをせずに問題を克服する必要があるだろう。

日本は戦前から戦後にかけてドン底も頂点も味わった民族である。だから、日本のとるべき道は中道が良いと思う。悟りの境地に到達した仏陀は地獄のような修行をつんだものの悟りの境地に辿り着けず、ある日空腹を極めた状態であった時にある少女から乳粥をもらい、食べて空腹が満たされると、苦行の無意味さを悟り中道の境地に至ったと言われている。これは作り話の可能性もあるが、日本も両極を知ったので中道に至ることが出来るだろう。日本は大国になる必要はない。小国で良い。今みたいな莫大な私有財産を持つ者がたくさんいる一方で貧困に喘ぐ人間がいる社会だから、中道の有り難みが分かるだろう。誰もがほどほどのところで満足出来る社会が理想的だ。今の日本は明らかに有事だが、これも貴重な経験だ。苦しみを知り初めて本当の幸福を知ることが出来る。従って日本は何をすべきかは答えはある。だから、文化の中心に何もない日本だがやるべきことは分かるだろう。戦前、戦中の経験から豊かな日本を目指したが、豊かな社会は問題があると分かった。日本人は経験から学ばない民族だと言われるが戦国時代の反省から徳川300年の平和があり、何も過去から学ばないと言うことではない。今の日本人が過去の経験から学ばないのは政府が無能過ぎるし、第二次世界大戦の反省もろくにせずに、日本の敗戦を認めず大日本帝国の復活を目論む日本会議の連中が過去から何も学んでおらず、実に問題ありと言える。戦争経験者は誰もが戦争は地獄だと語ってるし、当時は黙れ非国民の時代で誰も口に出さなかったが大人はアメリカに勝てるはずはないと思っていたようである。当然であろう。戦力差がありすぎた。しかも作戦も不味かった。あれでは勝てる筈はないのにこの期に及んで大日本帝国の復活を目論んでるのだから終ってると言える。日本会議のメンバーは日本中にまだ三万人しかいないから大きな団体ではないが、自民党にメンバーが多いのだから心配してしまう。とにかく、日本の問題は文化の中心に何も無いところから出て来てるのであって、日本の文化の中心には何もないこと、そしてその事を自覚すること、問題はそこから出て来てることを知れば、過去の過ちをしっかりと反省し、新たな日本の出発になるだろう。終わり。

私は絶望も地獄も知っている

毎日が酷く退屈だ。辛すぎる。こんな人生もうやめにしたい。私は働きたい。しかし、集団ストーカーの被害者であるのでリストラストーカーが怖くて働けない。私の人生は困難の連続であった。楽しかったことよりも辛かったことの方が多かった。自分の好きなことをして仕事が出来る人間は幸せだ。有名人を見てると好きなことを仕事にし、幸福そうに見える。勿論辛いことや大変なこともあるだろうが、私は今死んだような人生を生きていて彼等を見ると輝いて見える。次から次へと試練が襲ってくる。地獄の人生だ。何でこんな人生を生きなきゃならないのか。この退屈地獄も集団ストーカーの嫌がらせの一部なんじゃないかと思えてくる。実際に集団ストーカーの嫌がらせの1つだろう。電磁波兵器を使えば退屈地獄を作れるようだ。電磁波兵器は何でも可能なようで、退屈地獄が終わったら今度は孤独地獄に襲われた。今までは1人でいても大して孤独感を感じなかったのに突然酷い孤独感に襲われた。これも電磁波で創出してるに違いない。余りにも辛くて涙が出てくる。こんなに辛いなら死んだ方がましだと思える。孤独地獄が終わったら今度は不安地獄だ。次から次へと地獄が襲いかかってくる。何て人生だ!全く!こんな辛い人生もない。余りにも辛すぎる。何でここまで酷い目に遭わなきゃいけないのか。私は集団ストーカーに反抗的だから報復として電磁波攻撃を受けてるかも知れない。集団ストーカーが余りにも長く続き、終わってもらいたかった私は業を煮やして集団ストーカーに何で終んねえんだよ!どうやったら終わるんだよ!と絶叫したが、集団ストーカーは私に地獄を与えて反抗的態度をとるなと私に無言の圧力を与えたのかも知れない。たぶんそうだろう。今はだいぶ落ち着いて地獄は去ったが、もう2度とあんな地獄は味わいたくない。とんでもない地獄だった。この世に確かに地獄はある。人生とは苦しみの連続である。仏陀が悟ったように人生とは四苦八苦である。そのことを認めればかえって楽に生きられ幸福を感じたら感謝の気持ちも湧いてくるだろう。今の日本は負の側面を見ないようにしてるように思う。資本主義社会になり、世の中は豊かになったが、負の側面もあり社会格差が生まれたがそういう側面は見ないようにしている。世界中がそういう傾向にあるが、しかし、日本は先進国の中で弱者救済意識が一番低く何とも冷酷な社会になってしまっている。自民党の馬鹿のせいだが、アメリカのせいでもあるであろう。このままで良いとは思えない。日本を変えるべきであろう。

私は地獄は知ってるが天国は知らない。

屈辱には屈辱で返す終わり無き不毛な争い

我々は被害者である。被害にしかあってないから被害者である。被害者意識が強くなって当然であろう。しかも、集団ストーカーの嫌がらせの内容が対象を侮辱するものであり、被害期間は長く人生を犠牲にするので実に屈辱的である。従って我々被害者はムカついて屈辱に屈辱で返すのだが、集団ストーカーはそれが許せないらしいのである。だいたいが思考盗聴をして対象の頭の中を覗いてること自体が実に屈辱的行いである。私は性格が歪んでいるが(鶴崎のせいでもあるが)私の頭の中を覗き私の性格の歪みに腹を立てて電磁波攻撃をしてくるのである。それなら最初から思考盗聴するなよと、言いたくなる。こちらの許諾なしに勝手に頭の中を覗いて勝手に腹を立てて攻撃をしてくるのである。これが馬鹿じゃなくてなんと言おうか。従って私は腹を立てて集団ストーカーにしょっちゅうキレるがそうすると集団ストーカーは腹を立てて電磁波攻撃や騒音などの嫌がらせをしてくるのである。そうするとまた私がキレて集団ストーカーを侮辱するのである。永久に終わらない不毛な争いである。私は集団ストーカーに早く終わって貰いたい為に文句があるなら、「俺の元に直接来て文句を言えよ」と言うのだがこいつらは、基本的に罪人であり、ヘタレだから遠隔からしか攻撃してこない。こちらは集団ストーカーが辛いから早く終わって貰いたいのである。だから、「私の落ち度を言えよ」と言うのだが集団ストーカーは黙して語らずである。ただ集団ストーカーをしてくるだけである。

どうも集団ストーカーは私に非があると考えているようである。集団ストーカーは私が全ての非は私にあり、集団ストーカーは正しいと考えると集団ストーカーが激減するのである。しかし、こっちは思考盗聴されてるわけで、やはり、腹が立つし、実に屈辱的であるからしょっちゅうやり返す。私は集団ストーカーに屈辱を与えて屈辱を晴らすが、集団ストーカーは自分達が屈辱を抱えたまま集団ストーカーを終わらせたくないようである。私には集団ストーカーを黙して耐えてもらいたいようである。しかし、仮に私に非があったとしても思考盗聴をし、対象を攻撃するのは如何なものか。これ自体が罪悪ではないのか。ただのプライバシーの侵害であろう。頭の中を覗かれるとか実に屈辱的である。人間には必ず秘匿にしておくべきことがあるのだ。私が思うに何度も語るが、集団ストーカーは集団ストーカーを生業にしなければならず、普通の人々と違う生活を送らなければならず、その事に負い目と劣等感があり、被害者を見下して屈辱を与えなければ自我の安定が揺らぐのではないのか。こいつらはいつも謎の上から目線だが、それも対象を侮辱し見下して劣等感補償をしてるのではないのか。私が集団ストーカーにキレて「早く終われ!」と怒鳴り散らしたら集団ストーカーから「早く終わって下さいだろ」と思考送信があった。これも謎の上から目線だが、こいつらは何様何だろうと思った。こっちは屈辱を嫌と言うほど味わってきたのに、集団ストーカーは自分達が屈辱を受けることが許せず、上から目線で、対象に集団ストーカーをしてくるのである。一体どうしたものか。こっちは今直ぐにでも終わって貰いたいのである。しかし、私は集団ストーカーを笑い者にし侮辱し屈辱を与えてるのだから、集団ストーカーは終わらないのである。このままだと永久に終わらない。それだけは勘弁してもらいたい。私は今ではもういい歳したおっさんだ。この先何かの病気に罹らないとも言えない。もうそんな歳だ。辛酸は嫌と言うほど味わってきた。ここまで苦労し時間を犠牲にしたのに集団ストーカーは集団ストーカーを終わらす気がないのである。どう考えても異常であろう。こいつらは我々被害者を散々傷つけ侮辱し、そして膨大な時間を奪ってきたのだから被害者の文句も相殺されて当然であろう。しかし、集団ストーカーは文句が許せないらしい。文句を買うと侮辱で返してくる。堂々巡りである。このままだと集団ストーカーは一生終わらない。人間は屈辱を受けると屈辱で返さないと我慢ならない生き物である。悟りの境地に到達した仏陀ならいざ知らず普通の人間には無理な話である。例外はない。従って集団ストーカーの嫌がらせ自体が対象を侮辱するもので、被害者の多くが集団ストーカーに腹を立ててるだろうし、侮辱に対しては侮辱で返す被害者もいるだろう。実際に私の知ってる被害者は集団ストーカーをアホ呼ばわりしていた。仮に私が侮辱を受けても反抗せずに黙して耐えてれば終わるだろうか。集団ストーカーは何も言わない。実に面倒くさい連中に目を付けられたものである。私は和解するきはあるのである。(だって早く終わってもらいたいのだものw)しかし、集団ストーカーにはその気はないらしい。やはり、嫌がらせに文句を言わず耐えてもらいたいようである。実に屈辱的であるが、集団ストーカーを終わらす為にはそれしか方法がないのだろうか。非常に難しい問題である。

以前哲学者の内田樹から「負のループに陥っている」と仄めかしがあった。これは私と集団ストーカーの関係を言ってると思った。完全に負のループに陥っている。どうすべきか。屈辱は耐え難い。脳の中を読まれているだけでも屈辱的である。私は以前ブログで思考盗聴は人間の神秘性を知る為の学習ではないかと分析したが、そうだとしたら、集団ストーカーはなぜここまで反抗的態度を嫌うのだろうか。同じく内田樹から「集団ストーカー供儀説」があった。供儀とは生け贄の儀式である。生け贄の儀式は大衆に精神的に安定をもたらすのである。集団ストーカーにもそういう側面があるだろうか。だから、生け贄の儀式に選ばれた我々被害者が反抗的態度を取ることが許せず、生け贄なら生け贄らしく集団ストーカーの言うとおりにして大人しく嫌がらせに耐えてもらいたいのだろうか。私が集団ストーカー供儀説をブログで提唱したら打田樹から「もう1つの真実がない」と仄めかしがあった。「もう1つの」と言ってたから、集団ストーカー供儀説は当たってたのだろう。集団ストーカーには何か対象を侮辱し、苛めて、時間を奪っても許される理由があるらしいのだ。今このブログを書いてる時にも電磁波が走った。一体こいつらのどこに正当性があると言うのか。思考盗聴自体が犯罪ではないのか。戦う敵としてもこっちは圧倒的に不利である。私は被害歴28年になるのでもう怒りがマックスに達している。今も電磁波が走った。こいつらはどうも自分達のしてることに正当性があると考えているようである。正当性があるとしたら、やはり、人間理解を深める実験以外に考えられない。我々は人間理解を深める為に人生を犠牲にしているのである。全く腹立たしいが腹を立てても集団ストーカーは終わらない。何か人類の役に立ってるだろうか。そうでも思わないとやってられない。そうでなかっとしたら我々はただ被害にあっただけで人生が終わってしまう。それだけは回避したい。

私の精神が歪んでるのは鶴崎のせいだと言ったが、私は鶴崎に精神を破壊されて精神が歪んだのである。鶴崎は確実に精神が歪んでいた。人をよく見下していたし、飼い猫を踏みつけて遊んでいた。この猫に出会えただけでも産まれてきた価値があったと言ってたのにも関わらずだ。鶴崎は本当にムカつく野郎で断りもなしに私の飯を食べたりジュースを飲むような奴だった。引っ越した時も私の新しい住居に来て「しょぼいアパートだな」と言った。私はかなりムカついた。鶴崎は私を人格攻撃をして私の精神を破壊した。私は鶴崎に文句を言いたかったが文句を言えずその不満は抑圧された。しかし、抑圧されたものは必ず回帰するのである。20代後半に鶴崎に対する怒りと憎しみが沸いてきた。私は鶴崎に文句を言うことが出来ず、鶴崎の言いなりであった。私はやり返したかった。鶴崎は反論を極度に恐れる野郎で私がちょっとでも反論するとびくびく怯える野郎だった。実に弱い人間であったが、私の前では強い人間を演じていた。(鶴崎はある時私に俺は誰といる時でも仮面を付けている。お前といる時ですらもと、言っていたから私以外の人間の前でも何者かを演じていたのだろう。実際に私の友達が鶴崎が高校の同級生の前でおちゃらけたキャラを演じていたと言っていた。鶴崎は何者かを演じてるのは誰にもバレてないと思ってたようだが、他人の目には映るのである。誰にもバレてないと他人を見下してるのである。実にムカつく野郎である)鶴崎には孤立恐怖があったのだろう。自分の主張を訴えても誰も味方になってくれず、孤立するのが怖かったのだろう。小学生の頃に壮大な苛めにあってたようだが、これは確実に鶴崎の性格に原因があり、苛められていたのだろう。そういうトラウマもあり、反論は許せなかったのだろう。それで鶴崎は私の口を封じた。鶴崎は自分がいかに不幸な人間か私によく言ってきかせた。私は鶴崎には可哀想な事情があるからと、多少の不満は我慢していたが、しかし、鶴崎は私を追い込み過ぎた。鶴崎は私の口を封じる為に自分が如何に不幸か語ったのだろう。私が何も反論しないことを良いことに図に乗っていた。私をこれでもかって言うくらい侮辱した。その時の怒り、憎しみが20代後半になり回帰してきた。心理学者の岸田秀の本を読んでからである。岸田秀も私と同じく母親に洗脳されていた。私は鶴崎に洗脳されてたが、岸田は脅迫神経症に罹りその原因をフロイド理論を拠り所に突き止めて、母親は建前上は自分のことを愛してるように振る舞っていたが、実は自分のことを愛しておらず、自分の都合を満足させる為に岸田に様々な観念を植え付けて岸田を支配しようとした。そのことが分かったのである。私と同じであった。鶴崎は私が反論出来ないように、或いは自分の都合の良い人間になるようにする為に、私に様々な観念を植え付けて私を支配下に置こうとした。岸田の母親は何にでも寛容で優しかったらしいが、鶴崎も同じであった。実に寛容で私の言うことを何でも良く聞くのだ。しかし、これは自分の支配下に置くための策略であった。岸田の母親は岸田を劇場に継がせたかったようで何でも寛容であり、ご馳走を作ったりしたようだが、こと劇場のことになるとどれだけ後を継ぐのが嫌だと言っても全く話を聞かないのであった。鶴崎も同じであった。ことの他寛容でこちらの言うことをよく聞くのであるが、反論だけは絶対に許さないのであった。私は岸田の本を読み鶴崎の策略が分かったのである。私は鶴崎に文句を言いたくて仕方がなかった。しかし、もう鶴崎はいない。文句を言えない。私は怒りのやり場に困った。それで、私は頭の中でしょっちゅう鶴崎を侮辱する自分を思い描いた。それは凄まじい侮辱であった。鶴崎のことを心底見下し、小馬鹿にし、侮辱した。その私の鶴崎に対する侮辱が集団ストーカーは許せないらしいのだ。私の精神は確実に歪んでいた。性格がひん曲がった。その為に私は集団ストーカーを腹立たせたようである。私は鶴崎に反論出来なかった悔しさがあるから、屈辱や侮辱に対しては同じく屈辱や侮辱で返すようになった。私と鶴崎の関係が、私と集団ストーカーの関係にずらされ、私の鶴崎に対する怒りが集団ストーカーに向かうようになったと思われる。それで、集団ストーカーは私に腹を立てて集団ストーカーを止めないのであろう。

集団ストーカーの嫌がらせはただでさえ屈辱的な嫌がらせばかりである。性格がひん曲がった私は集団ストーカーを腹の底から見下し、馬鹿にし、侮辱した。集団ストーカーはそれが許せない。勝手に私の頭の中を覗いて勝手に腹を立ててるのである。どう考えてもただの馬鹿だろ?違うか?しかし、私はこのままだと集団ストーカーが終わらないので自分の性格を変えようと何度も自己変革を試みた。しかし、集団ストーカーはその邪魔をしてくるのであった。集団ストーカーは私に100%非があると考えているようであった。私には正当性がないのであった。私は罪人であり、裁かれるべき存在であった。集団ストーカーに正当性があるのであった。そうでもなかったら思考盗聴器を使って私を裁くことはしないだろう。しかし、こちらは思考盗聴されているのである。それだけでも腹立つことだろう。私は何度も集団ストーカーにキレた。私は自分を変えようとしてるのに集団ストーカーは何度も邪魔してきた。集団ストーカーはあくまでも私に非があると言いたげだった。しかし、思考盗聴自体が罪悪なのだから、こっちも黙ってるわけにはいかない。それからは先に説明した通り終わり無き不毛な争いである。自分を変えようとしても駄目。変えようとしなくても駄目。私は一体どうすればいいのか。何も出来ないではないか。私は苦慮した。このままでは集団ストーカーは終わらない。実に絶望的である。私はどうすべきか分からない。鶴崎問題も解決しなければならず、集団ストーカーにも対処しなければならないのだから私は実に不幸である。こんな苦労をするくらいなら産まれてくるんじゃなかったと、つくづく思う。私のメール仲間も集団ストーカー被害者だが人間はもうたくさんだと、言っていた。来世があったとしても、人間には産まれたくない、植物でいいと言っていた。気持ちは分かる。私も人間にはうんざりしている。人間はつくづくどうしようもない生き物だと思う。しかし、私は集団ストーカー被害さえなければ人間でもいいと思ってるのだが・・・