中国の北の方に占い上手な老人が住んでいました。さらに北には胡(こ)という異民族が住んでおり、国境には城塞がありました。
ある時、その老人の馬が北の胡の国の方角に逃げていってしまいました。
この辺の北の地方の馬は良い馬が多く、高く売れるので近所の人々は気の毒がって老人をなぐさめに行きました。
ところが老人は残念がっている様子もなく言いました。
「このことが幸福にならないとも限らないよ。」
そしてしばらく経ったある日、逃げ出した馬が胡の良い馬をたくさんつれて帰ってきました。
そこで近所の人たちがお祝いを言いに行くと、老人は首を振って言いました。
「このことが災いにならないとも限らないよ。」
しばらくすると、老人の息子がその馬から落ちて足の骨を折ってしまいました。
近所の人たちがかわいそうに思ってなぐさめに行くと、老人は平然と言いました。
「このことが幸福にならないとも限らないよ。」
1年が経ったころ胡の異民族たちが城塞に襲撃してきました。
城塞近くの若者はすべて戦いに行きました。
そして、何とか胡人から守ることができましたが、その多くはその戦争で死んでしまいました。
しかし、老人の息子は足を負傷していたので、戦いに行かずに済み、無事でした。
これは日本人なら殆ど誰でも知ってるであろう、中国の万事塞翁が馬のストーリーだ。中国人らしく話が表、裏、二元論で出来てる。中国人のこの二元論的思考の代表格と言えば、何と言っても老荘思想であろう。特に荘史(私と同じ名前)の思想が今後の人類の平和や幸せを考える上で重要になってくるのに今の中国は何だありゃ。要するに薄汚く碌でもない権力者がたくさんいたから、その反動で老荘みたいな人達がでてきたのだろう。世の中が平和で幸福なら出てくる筈はない。
集団ストーカー被害者に選ばれた人間は自らの不幸を嘆くだろう。しかし、それが最終的な被害者の人生になるとは限らない。未来の何か良いことが起こる伏線かも知れない。未来は未知数というのは科学的に証明されたが、未来は良いことがある場合もあれば、悪いことが起こることもあるだろう。
未来が未知数と言うのは人間の可能性を示唆している。如何なる人生においても、例え今は不幸に生きてるとしても、次は良いことが起こる前触れかも知れない。どんな人生であろうと、万事塞翁が馬と信じて頑張って生きていこう。
とか、言いながら私は被害歴が30年を超えるので、超絶ネガティブになり、未来に良いことが起こるとは思えない。みんなは万事塞翁が馬と信じて頑張って生きて下さいね。
集ストの馬鹿は本当に殺したくなる程ムカつきますね。さっきも寝てたら騒音の嫌がらせに遭いました。こいつらが卑劣極まりないのは眠りに入るか、入らないかくらいの1番気持ちが良い時に嫌がらせしてくるんです。殺してやろうかと思いました。私は自分が1番不幸なんじゃないか、と言うくらい不幸な人生を生きてきたましたが、集ストの全ての人間に私の不幸が移り不幸になりますように。そして苦しんで死んでほしい。