我々集団ストーカー犯罪被害者はどう考えても一生分の不幸は味わっただろう。被害期間の短い被害者だってそうだ。それだけ辛辣で過酷と言える集団ストーカー犯罪。10年も被害に遭えば発狂ものだが私はその3倍被害に遭ってるから精神がいつおかしくなっても不思議ではない。我ながらなぜ耐えれたのか不思議に思うくらいだ。
いくらか被害に遭えば一生分の不幸を味わうとか集団ストーカー犯罪はどんだけ過酷な犯罪何だよって話である。当然だが自殺者もいるし、私や私の女性の被害者仲間は未遂をしてるし、集団ストーカーに殺された被害者は結構多いと考える。だって考えてもみたまえ。集団ストーカーは冷酷にして卑劣。人間の感情を持ち合わせておらず、どこまでも執拗に被害者を追い詰める。被害者は毎日この上ない卑劣な虐めに毎日遭ってるわけでこれで自殺者が出ない方がおかしい。私は何度も自殺を考えたし、死にたいが口癖である。生きることに何の意味も見出だせず無気力、虚無感で一杯であり生きるのは正直もう沢山だ。他の被害者でもそういう人間は多いだろう。当然である。集団ストーカー犯罪の被害者だし、人生も奪われるのだから。ここまでされて何とも思わない人間がいたら常人を逸した精神力の持ち主か常人を逸した馬鹿だろう。
一生分の不幸を味わったと言うことは、被害期間に長短あれど我々はこの地球上に無数に存在する人間の中である意味特別な存在。誰も経験することない人生を生きてると言える。当然だが自慢出来る話しではない。一生分の不幸を味わったなら後は良いことばかり起こる人生が待ってると思いたいが、そうならないのが集団ストーカー犯罪。これだけ被害者を痛めつけても飽き足らずどんだけ被害に遭おうと冷酷にも犯罪行為を止めない。殺意を抱くがどうやっても終わらない。一生分の不幸を味わおうがそんなことは集団ストーカーには関係ない。完全にキチガイである。
もう我々は一生分の不幸は味わったのだから後は良いことだけ起こると思いたがるのは人情として避け難いが、どうなるか。一生分の不幸を味わっても更に不幸を味わい続けるのか?どうなるかは誰にも分からない。
幸せに生きてる人達に是非とも我々集団ストーカー被害者の不幸をお裾分けしたいものである。おわり。