
集団ストーカー被害者の多くが人生に絶望してるだろうが、私も例に漏れず人生に絶望している。当然だがしたいことは出来ないし人生の膨大な時間を集団ストーカーのせいで無駄にしたからだ。だから集団ストーカーがなければ我々被害者は自分の人生を生き生きと生きれてたかも知れない。人にもよるが集団ストーカー被害者でなくてもつまらぬ人生を生きてた被害者もいたかも知れんが、被害者に選ばれなければまだマシな人生を生きてたのは間違いないだろう。
私の場合はやはり、集団ストーカーのせいで自分の人生を好きなように生きれなかったことが最大の苦痛だ。集団ストーカーの馬鹿がいなければ好きなように生きれたかも知れない。何で被害者に選ばれてこんなしょうもない人生を生きなきゃならないのだろうか。全く納得出来ないし怒りで一杯だ。他の被害者も同じだろう。好きな事が出来ないから退屈だし、嫌がらせは卑しく陰湿で過激。ストレスが溜まる一方だ。ストレス発散も出来ない。毎日集団ストーカーがあるからだ。
毎日深いため息が漏れる。何の因果かこんな人生を生きなきゃならないのか!余りにも理不尽過ぎる。私は実年齢よりも老けて見える。ストレスのせいでだ。結婚もしたかったがまず無理だろう。何で集団ストーカーの被害者に選ばれてしたかった結婚を諦めなきゃならないのか。子供の頃は漠然と自分も結婚して家族を持つもんだと思っていたが集団ストーカー被害者に選ばれて諦めなきゃならなくなってしまった。集団ストーカーは絶対に許せない。何でここまで人生を破壊されなきゃならないのか。絶望感で一杯である。
集団ストーカーとは人生破壊工作であり、私も含めて修復不能な状態まで人生を破壊された被害者も多いだろう。何で集団ストーカーはこんなことをするのか。世界的犯罪で被害者は腐る程いるだろうが、人生を修復不能な状態まで破壊された被害者は多いだろう。目的は何か。誰が思い付いた。集団ストーカーさえなければと涙を流した被害者も多いだろう。集団ストーカー被害者に選ばれた私は笑うことも殆どないし、希望ももはや捨てたし、頭の中は怒りと憎しみと恨みしかない。こんなしょうもないことがまかり通る世の中が信じられない。
被害者に選定されなかった人間はラッキーだ。好きな時に行動し好きなことが出来る。人生は四苦八苦だから苦労知らずとは誰もがいかないだろうが、それにしても好きなことが出来るのは我々被害者から見たらラッキーとしか思えない。逆に言うと我々被害者は付いてないのだ。被害者に選ばれる確率は0.00006%だから天文学確率で付いてない。こんな付いてない人間はいるのか?実際にいるんだが立ち上がれ日本の押越さんの話によると不幸な人間が被害者に選定されやすいらしい。私は片親で貧しく、だから被害者にえらばれたのだと、その話を聞いた時には思った。他の被害者でも不幸な人生を生きてきた人間はいないだろうか?多くの被害者と集団ストーカー撲滅運動をしてきた押越さんが多くの被害者を見てきて、そう言ってたのだから一抹の真理があるのだろう。
集団ストーカーは長すぎる。後どんだけ人生を犠牲にしなきゃならないのだろうか?もう耐えられない。早く終われ。皆んなの願いもそうだろうが、悲しいかな集団ストーカーは被害が30年、40年続くのは当たり前。我々は集団ストーカーに耐えれるだろうか?耐えたとしても人生はほぼ完全に破壊されており、終わっても嬉しいと言うことはない。まさに絶望。殺せるチャンスがあるなら殺してやるのによ。
最後は物騒になったが全ての被害者の集団ストーカーの終焉を願い終わりとしよう。