我々集団ストーカー被害者はもう十分に生きただろう。そろそろ休ませて欲しい。もう疲れ果てて力尽きた被害者はいるかな?私はもう力尽きた。何もしたくないし、何も出来ない。まさかこんな人生を送る羽目になるとは夢にも思わなかった。ガキの頃はもっと活発で元気で笑っていた。しかし、今は活発に活動出来ないし、元気は湧いてこないし、笑ってもいない。心は既に死んでいる。ここまで集団ストーカーに追い込まれて生きる意味はあるのか?今の私は生きることに全く意味を見出だせない。私は棒切のような存在であり、ただ死んでないだけだ。
不運にも集団ストーカー被害者に選ばれてしまっただけでまさかここまで人生が狂うとは夢にも思わなかった。不安だし、緊張感で一杯だし精神は常に重たく生きるのがしんどい。こんな地獄の苦しみは誰だって味わいたくない筈だ。胸がキリキリするし、死にそうだ。何でこんな目に遭わなきゃならないんだ。元気は湧いてこないが、殺意と憎しみと恨みの感情だけは湧いてくる。しかし、気力もなく、復讐をすることは出来ないだろう。他の被害者だって復讐心を持ってる人はかなり多いだろう。だけど、集団ストーカーの主体的存在を見付けることは不可能だし、私みたいに気力も尽き果ててしまった被害者も多いことだろう。
いつも脳裏に過るのは、なんで勝手に被害者に選ばれて、集団ストーカーの嫌がらせに散々あい、不安になり、気力を削がれ、人生を破壊されなきゃならないのだろうと言うことだ。集団ストーカーは理不尽であり、抵抗出来るものでもなく、被害者に選ばれたらただ耐えるしかないのである。街宣活動とかしてる被害者もいるが、街宣活動しても集団ストーカーが終わるわけでもなく、遂には集団ストーカーに屈し諦めてしまった被害者もいるのではないか?集団ストーカーの終焉は諦める訳にはいかないが、街宣等の周知活動等は諦める。そもそも、実は皆んな集団ストーカーの存在は知ってるのだから、周知活動は意味がない。普通の人達は知ってて知らない振りをしてるだけであり、騙されてたのは我々被害者だ。
被害歴が32年になるがそれでも集団ストーカーの終焉は諦めることが出来ない。こんな糞みたいな犯罪の被害者のまま死ぬのだけはまっぴら御免だ。力尽き果てたがこれだけは諦められない。書いてたらムカついてきた。人の人生奪いやがって、絶対に許さんぞ。そうは言っても疲れ果ててるのは事実で永遠の安らぎが欲しい。もう苦しみは沢山だ!何の苦しみもない世界があるなら行きたい。
欲望は何の救いにもならない。勿論欲望のない人間なんぞいないが、私みたいに心苦しむ人間にとって欲望は癌で余計に苦しむだけだ。普通の人生を送れてる人間には欲望は活力になるだろうが私にはならない。昔は人並みに欲望はあったが、欲望のことを考えると心が重苦しくなるのだ。だかしかし、欲望は消えないから困る。1番の欲望は性にまつわることだが、性欲が消えないから困る。欲望は癌にもなるが、人生に活力を与えるものにもなりうる。私の場合、今の最悪の精神状態だと欲望が湧いてくると心苦しく困る。何事もほどほどで満足しとけと言う仏教の中道が真理なのだろう。本当の苦しみを知ってしまった人間には欲望は癌でしかない。だから、普通の人間が羨ましくて仕方がない。集団ストーカー被害者に選ばれず普通の人生を生きれてれば…涅槃の境地なんぞ無理だし、苦しむのはもう沢山だし、とにかく永遠の安らぎが欲しい。もう苦しみたくない。私はもう疲れた。