集団ストーカーと電磁波犯罪の謎

集団ストーカーの被害記録です

なぜ世界の問題は解決出来ないのか。集団ストーカーの謎。

問題は欧米にあると思われる。欧米は1000年経っても消えない罪を犯した。それは大航海時代に始まる。世界中を植民地化し、多くの人間を殺したのだ。今でもその余波はあり、アフリカは無秩序状態と化してる。現代も欧米中心の世の中であり、欧米にとって都合の悪いことは封殺される。中国が世界の覇権を握りたがってるが、欧米には敵うまい。というのも欧米は軍事的に強かったと言うよりも思想的、文化的、文明的に強かったのであり、その強さが世界制覇出来た秘訣であり、欧米の文化と文明は世界を席巻したが中国にはそこまでの力はない。

欧米が世界の中枢を握って200年になるがまだ当分の間は欧米中心主義は消えないだろう。白人中心主義と言ってもいい。欧米がなぜ強いかと言うとこいつらはずる賢いのだ。相手を欺くテクニックに関しては誰よりも上手く、あれよあれよという間に世界の中枢を握ってしまった。なぜ、欧米は大航海時代に世界制覇を成し遂げたのか。なぜ、未だに欧米は世界の中心であり続けたがるのか。その答えは恐らく太古の昔に白人種は黒人に差別されてた屈辱に端を発する。世界初の被差別人種であり、その屈辱はどうやっても拭えないのである。つまり、欧米人はかつて黒人に差別され、アフリカの大地から追い出された屈辱があるために、自分達は呪われてるという観念を持ってしまい、その観念が自分達を自暴自棄にし、始まったのが第一次、第二次世界大戦である。自己破滅衝動があったと思われるが、そのような観念を持つのは被害者意識が強い者だけである。従って欧米はどうしても拭えない屈辱があるために、自己破滅衝動をもち、劣等感補償として、どうしても世界の中心に位置し、優越感に浸りたいのである。そして、欧米にとって都合の良い社会じゃないとどうしても納得出来ないのである。被害者意識剥き出しであろう。つまり、なぜ、差別感情が強いかと考えると差別する者は優越感に浸りたがり、相手よりも優位に立ちたいのである。そういう態度をとる者は被害者意識、劣等感の強いものだけだと言うわけである。

白人が黒人に差別されてたという仮説は岸田秀の説だが、白人のあの差別精神の強さを考えると過去に差別されてた屈辱の反動以外に考えられない。なぜ、白人は差別感情が強いのか、なぜ誰も考察しないのだろうか。同じ、コーカソイド系と言っても白人の差別精神は異常である。見た目が白人そっくりのアイヌ人に差別感情があるとは思えない。従って見た目の違いの問題ではない。精神的な問題であろう。それは、やはり、白人は差別されてたのであって、世界初の被差別人種という屈辱があるから、優越感に浸るために、また、潜在意識の部分で人類を憎んでるから、差別をして、世界の中心でありたいのであり、欧米にとって都合の良い社会であり続けたいのであり、世界の様々な問題が解決出来ないのも、原因は白人中心主義にあるであろう。この問題解決なしに人類平和という究極的目標は達成出来ないだろう。

人間は屈辱を感じると自分の気持ちを理解してもらいたいと思うよりも自分と同じ目にあい苦しめと思うように出来てるのである。従って白人が有色人種を差別するのも(白人も有色人種だが)かつて差別された反動である。それ以外にない。ヨーロッパ人は大航海時代に異教徒にキリスト教を押し付けるのだが、これはかつてローマ帝国キリスト教を押し付けられたヨーロッパ人が自分達がされたことを異教徒にしたのであった。このように人間は屈辱を晴らす為に何としてでも他人が同じ苦しみを味わってもらわないと精神的な安定を得られないのである。従って白人は世界初の被差別人種であってその屈辱は晴らしようがないのであり、まさに、絶望する他にあるまい。だからせめて、優越感に浸るために、有色人種を差別し、世界の中心であり続けたがるのである。中でも、白人の中で一番不幸だった連中がアメリカ人の祖先である。アメリカ人の祖先はヨーロッパで差別されてた連中であり、被害者意識、劣等感は相当強いと考えられる。そうでも考えないと、アメリカ人の差別感情の強さ、冷酷さ、残虐さの説明はつかず、逆にそう考えると説明がつく。早い話が、アメリカが常に世界の中心でいたがるのはその背景に、強烈な被害者意識、劣等感があること以外に考えられない。アメリカから有能なクリエイターやアーティストが出てくるが、ただの劣等感補償に過ぎない。

集団ストーカーもそこからの派生物としか思えない。かなり奇特な犯罪だがこういう奇特なことを思い付くのは奇特な精神構造を持つものだけである。従って集団ストーカーは奇特な精神構造を持つに至った白人種にしか思い付かないはずである。集団ストーカーはある種の復讐としか思えない。

はやり、問題は解決出来ないのである。唯一考えられる解決策は仏教の慈悲の力を借りる以外にあり得ない。慈悲とは何か。何としてでも助けてやりたいが、自分の無力さを前にして、助けてやることが出来ず涙を流すことである。これこそが慈悲の心である。日本は仏教国である。かつての日本人には慈悲の精神があったであろう。しかし、今では失ってしまったであろう。日本人は慈悲の精神を取り戻して白人種の怒りを沈める必要がある。こう言うと、白人は笑うだろうが、じゃあ、なぜ、「君達は差別精神が強いんですかね?大航海時代は何だったんですかね?」と尋ねれば回答に困るだろう。私の尊敬する、セックス・ピストルズジョニー・ロットンも日本を訪れたさいに、自分の目を横に伸ばし、アジア人特有のアーモンド型の目を模しており、世界を変えた男、ジョニー・ロットンですらそうなのだから、白人種の差別精神の強さは相当根深いと言えるだろ。

やはり、慈悲の精神が人類を救うのである。従って宗教問題でも書いたが希望は日本にあると言えるだろう。終わり。