集団ストーカーと電磁波犯罪の謎

集団ストーカーの被害記録です

泣くしかねえなこれはもう

したいことが何も出来ない。自分の人生が余りにも惨め過ぎて泣けてくる。他の普通の人達は集団ストーカー被害にあうことがなく自分の人生を好きなように生きることが出来る。羨まし過ぎる。私も早く集団ストーカーが終わってもらって自分の人生を十全に生きたい。したいことが何も出来ない人生は虚しいものである。

散歩に出かける。すると幸せそうな家族連れやカップル、友達と遊んでいる人たちに遭遇する。余りにも羨まし過ぎる。彼等は我々被害者と違って何の足枷もなく幸福に生きることが出来る。勿論どんな人生も多かれ少なかれ困難とは無縁でいられないが、我々被害者よりはましであろう。集団ストーカーに人生を削られ困難多き人生を歩むことを余儀なくされる。どこにも救いはない。そしてどこにも救いはない被害者を嘲笑うかのように集団ストーカーは我々被害者を毎日苛めるのだ。本当に泣きたくなってくる。何で毎日こんな辛い目にあわなきゃならないのだろう。誰が思い付いたのか知らんが余りにも理不尽過ぎる。ここまでひどい目に長いことあっているのだからもう終わってもいいんじゃないかと思うが集団ストーカーは非情にも終わらない。

引っ越しも何度も繰り返した。引っ越し目的でアパートにいられなくさせる為に私が部屋の中で暴れるように誘導していたような気がする。それはそれはむかつく嫌がらせであった。主に電磁波攻撃の嫌がらせであったが何かに集中してる時や眠ってる時に電磁波攻撃をしてくるのであった。特に睡眠妨害は辛いものであった。私は眠りを邪魔されて余りにも辛いので我慢が限界を越えて部屋の中で大暴れするのであった。それで近隣住民から苦情が入り引っ越すことを余儀なくされるのであった。本当に腹立つ嫌がらせであった。

私は自分の人生を無駄に生きてきた。自分の人生を生きる事が出来なかった。過去は後悔と共に甦る。時は戻らないのだ。泣けてくる。もっと自分の感情に忠実に生きる事が出来たならここまで酷い後悔の念に襲われることはなかったであろう。人生を取り戻すには歳を取りすぎた。もう殆ど手遅れである。1度きりしかない貴重な人生。集団ストーカーさえなければここまで酷い人生を送ることはなかったであろう。

テレビを見る。皆楽しそうにしている。私は日本のテレビは全然面白いと思わないが楽しそうにしている彼等を観ると嫉妬心にかられることがある。勿論芸能人も集団ストーカーのことを知っているのである。芸能人は一体どういうつもりで集団ストーカーに参加してるのだろうか。昔有吉弘行が「やりたくないことあるなあ」と言っていた。集団ストーカーに参加したくない人間もいるのだろうか。皆そうであってほしいがそこは人間、満更でもない人間もいるのであろう。

毎日が退屈でつまらなすぎる。泣けるレベルでつまらん。私も他の人達同様自分の人生を楽しみたい。自分の人生を生きたい。しかしそれは集団ストーカーは許さない。何度も何度も集団ストーカーに止めてもらうよう訴えても私の言い分は通らない。いい加減にもういいだろう。私の事をいつまでも苛めるつもりなのか。本当にもういい加減にしてもらいたい。

子供の頃を振り返る。本格的な被害が始まったのは中学になってからだが今にして振り返ってみると小学生の頃から私はターゲットに選定されていたようである。未来に地獄が待っているとは知らなかったあの頃。したいことが何も出来ず全てが制限された状態で生きる羽目になるとは知らずに弾け飛んでたあの頃を振り返ると泣けてくる。底無しに虚しい気分だ。失った時間はどうやっても取り戻せない。早く終わってもらいたい。