集団ストーカーと電磁波犯罪の謎

集団ストーカーの被害記録です

集団ストーカーは本当に悪かも知れない

集団ストーカーがまだ一般的じゃなかった時代は私も他の被害者同様集団ストーカーは悪人が思い付いた犯罪だと思っていた。しかし、その後集団ストーカーに対する印象が変わったのだが、それは後に語ることにして、集団ストーカーは床ドンと壁ドンと咳払いと嘲笑の嫌がらせから始まったわけだが、最初は私も何やら奇特な連中に付け狙われてると思っていた。最初の頃は集団ストーカーなる言葉も知らず、例えば床ドンの嫌がらせにあうと上階のガキがまともな教育も親から受けなかった馬鹿な奴で下階の私達家族の迷惑も顧みず私達家族に迷惑をかけてるだけかと思っていた。それから外出すれば、何故か私はよく嘲笑されるのであった。ムカついたがその当時は余りに気にしてなかった。その後ちょっと家族間で問題が起きて私は親元を離れて一人暮らしすることになった。集団ストーカーが気になるようになったのは親と離れて一人暮らしをするようになってからである。8畳一間のそんなに広くないアパートに引っ越したのだが、隣の住人が壁ドンをしてきたのである。最初は静かに暮らせてたから、前のアパートの床ドンに悩まされていたので床ドンのない一人暮らしは快適であったが、そんな快適な暮らしは直に終わった。壁ドンの嫌がらせを受けるようになったのにはちょっとした背景があり、確か6月頃に引っ越したのだが、部屋の中が暑いから部屋のドアと窓ガラスを開けていたら部屋の中に風が入ってきて部屋のドアが風でドンとしまった。かなりの音を立ててたと思う。そんなことが2、3回あり、すると隣の住人が壁ドンをしてきたのである。今でもよく覚えてるが、台所で米を研いてる時であった。最初は私の部屋のドアバンがうるさかったからやり返してきたのかと思ったが、うるさかったなら注意しにくれば良いのにと思った。当時私の住んでたアパートにはクローゼットがあったのだが、私は壁ドンの仕返しはそれ一回で終ると思ったのだが、終わらず隣の住人は明らかにクローゼットを強く閉めてかなり大きな音を立ててきた。まあ、2回くらいなら多目に見るし、最初に物音を立てたのは私だから仕方がないかと思ってたのだが、隣の住人のクローゼットを強く閉める攻撃は終わらなかった。いい加減にムカついた私も壁に蹴りを入れたりしてやり返したが、それからは、壁ドンとクローゼットを閉める騒音の応酬であった。それで、ある日出掛けて帰って来たら隣の住人がアパートの階段から降りてきた。如何にも気の弱そうな青年(たぶん大学生)であった。私は俺はこんな雑魚っちい奴と騒音の応酬をしてたのかと思った。最初はヤバい奴でも住んでるのではないかと思ったが、誰が見ても気が弱そうで見下されそうな奴だった。私も思わず見下してしまった。で、私達が物凄い音の出し合いをしてるものだから、別の隣の住人の女性も私に壁ドンをしてきた。私は厄介なことになったと思った。最初に私が物音を出した時に隣の青年が注意しに来れば良かったのに。で、私達の騒音の応酬は別の隣の部屋の女性も巻き込んで終わりなき闘争となってしまった。私のアパートは6部屋あったが、下の住人は直に引っ越してしまった。迷惑をかけてしまって悪いことをしたなと思ったが壁ドンとかあれば思わずムカつきこちらもやり返してしまい、もう後戻り出来ない状態になってしまった。結局、3部屋ある内の真ん中に私は住んでたが、両隣の騒音の出し合いをしてた住人は引っ越してしまった。騒音の出し合いに耐え切れなくなったのだろう。隣の部屋の女性には彼氏がいて、可愛らしい女性であった。その女性には何の罪もなく悪いことをしたと思った。今でも覚えてるが、玄関ドアを開けてたら隣の青年が引っ越すのが見えたのだが、物入れケースに漫画のワンピースが入れてあるのが見えて、私は、こいつワンピースなんか読んでやがるのか、何が面白いんだ、ぷっw、と思った記憶がある。(ワンピースファンの皆様申し訳ございません)それで両隣の住人が引っ越したから、女性には悪いことをしたと思ったが、これでやっと静かに生活出来ると思ったのが大きな間違いで、直に両隣に住人が引っ越してきて、青年が住んでた部屋に引っ越してきた住人が壁ドンの嫌がらせをしてきた。私はこの時に、本格的にこれはおかしいぞ、と思った。今までの煩い騒音は私の部屋のドアが風で閉まり物凄い音を出したから騒音の応酬になったわけだが、隣の住人は何の理由もなく壁ドンをしてきたのである。その時に嘲笑の嫌がらせに、よく遭ってたのを思い出した。それと、外出すればよく咳払いにあったし、隣のアパートの住人や、新しく引っ越してきた下階の住人がよく咳払いをしてきた。私は何かカルト染みた連中に狙われてるのではないかと思った。その後も何度も隣の住人の壁ドンや咳払いは続き嫌気が刺した私は当時はPCも携帯も持ってなかったので、PCの貸し出しをしている開館に行き私が遭ってる被害を入力して検索してみたら、集団ストーカーがヒットした。私はこの時初めて集団ストーカーを知った。確か2007年頃だったと思う。私は集団ストーカーを知るのがかなり遅かった。早い人だと90年代には知ってたし、好きで読んでた集団ストーカーブログは2006年に書かれたブログであった。それで、ネットに書いてあったことを読んでみると犯罪の主体が創価とか骨伝導で思考を読むとか書いてあった。当時はその話を信じてたが、他にも読んでみると、壁ドンとか、カラー攻撃、咳払い、嘲笑、車のゾロ目ナンバーによく遭遇するとか、或いはアンカリング(印象付け)やストリートシアター、コリジョンキャンペーン等の嫌がらせに遭うと書いていた。私は最初は床ドンの嫌がらせに苦しみ、次に壁ドンと咳払いの嫌がらせに嫌と言うほど遭っており、私が遭っている嫌がらせと同じ事が書いてあると思い、どうやら、私は集団ストーカーなる奇特な犯罪の被害者に選ばれたと思って軽く絶望した。更に読んでみると日本でも被害者が多く、多くの人間が苦しんでると書いてあった。集団ストーカーの被害者に選定されてると知ってゲンナリしたが、一方で私以外にも同じ嫌がらせにあい苦しんでる人間がたくさんいることを知り安心した面もあった。

最初はネットに書いてあることを鵜呑みにしてたが、よくよく考えてみるとネットに書いてあることが嘘くさく感じた。例えば被害者はどこに誰といても集団ストーカーされるのだから、創価が集団ストーカーするとか無理じゃないかと思った。それに、ネット全盛のこの時代に被害者がこんなに多くいるのに誰も集団ストーカーを知らないとか無理があると思った。他には色んな被害者ブログを読んだが最初は本物の被害者だと思って読んでたが、後になって振り返ってみると、どうも胡散臭く感じられ、話も作り話っぽく、そんな被害者ブロガーが多く、殆どの被害者ブロガーは偽物じゃないかと思った。

それで、集団ストーカーお得意の離間工作にあい孤独に生きることを余儀なくされ、(たまに友達に会うこともあったが、集団ストーカーの話をしてもどうせ信じないだろうと思いその話をすることはなかった。もう一人の友達に試しに集団ストーカー知ってる?と聞いてみたら、知らないと言われたが嘘だろう。ガス会社の社員だったが、職場の人に集団ストーカーを伝えてくれと頼んだら、翌日から外出するとガス会社の車によく遭遇した)孤独に生きてたが、集団ストーカー被害に遭いながら孤独に生きるのは辛いものであった。今では孤独にも慣れたが、(時々どうしようもない不安に襲われる事はあるが)当時はそれは辛いものであった。誰も助けてくれない。俺は何の救いもなく1人で生きている。私は毎日苦虫を噛み潰したよう顔で生き、深いため息をついてばかりいた。

それから何年か経ち、携帯を手に入れてネットが出来るようになって集団ストーカー関連のことを調べてたら、あるサイトに集団ストーカーのスレッドが建ってたから、私はそのスレッドに集団ストーカーに向けて罵詈雑言を書きまくってた。毎日、毎日集団ストーカーの悪口を書いていた。そしたら、集団ストーカー加害者と思われる人間が私に、しつこい奴だ、と書いてきた。私は毎日ムカついており、ストレス発散も出来なかったから掲示板で集団ストーカーを罵倒しまくったのである。そしたら、前にもブログに書いたが加害者と思われる人間に復讐を敢行すると言われて思考盗聴地獄に陥ったのである。被害者すら信じないのだが本当に皆私を思考盗聴してたのである。その時私は集団ストーカーはまだ一般的に知られた犯罪とは思ってなかったのだが、皆が私を思考盗聴してたから、何てことだ!皆集団ストーカーを知ってるではないか!と思ったのであった。私は驚愕したと同時に騙されたと思った。会社の社員も私を思考盗聴してた。その証拠に女性社員に試しに頭の中からブスと言ってみたら泣きそうになっていたし、支配人に試しに不細工と頭の中から言ったら涙目になっていた。こういったことがあったから思考盗聴されてることと、一般人は実は集団ストーカーのことを知ってることは間違いないと確信した。

こういったことがあったから集団ストーカーに対する見方が変わってしまった。私も最初はカルト集団の犯罪だと思ってたが、カルトがやってるのではなく、ネットに書いてある目的は嘘で何か集団ストーカーには別の理由があるのではないかと思った。(集団ストーカーという名前を思いついたのは集団ストーカーだろう。集団ストーカーの被害内容が載ってるサイトがあるが、作ったのは集団ストーカーだろう。集団ストーカーは寧ろ自分達の存在を知ってほしかったのであろう。本物の被害者がブログを書いたり街宣したりするのも折り込み済みだったのだろう)それから、集団ストーカーの理由について考えたのだがキーワードは思考盗聴器にあるような気がして、集団ストーカーとは思考盗聴器を用いた実験ではないかと思った。人の頭の中を覗ければ色々な発見があるだろうから。天才の脳の構造を知れれば、残酷な仕方だが人類の進歩に有益な実験になるだろう。その他にも色々な発見があり、誰も絶対に知り得なかった謎を容易に知ることが出来て、思考盗聴器を使えば、被害者は辛いことだが、人類の進歩に大いに貢献するだろう。そこで、私は集団ストーカー邪悪な犯罪説は変えることにした。人類の進歩の為の何か有益な実験ではないかと。被害者には堪らないが。

しかし、最近はまた集団ストーカーが邪悪な犯罪のような気がしてきた。ブログで集団ストーカー批判をすると決まって胸を苦しくされるのである。今も胸を苦しくされている。最近嫌がらせが激化して外出すれば咳払いの嫌がらせに遭うし、壁ドンもしつこい。ムカついた私は絶叫して集団ストーカーに文句を言いまくるがすると、胸を苦しくされるのであった。最近までは集団ストーカーは悪に見せかけた善的な何かかと思ってたが、その考えは変えることにした。本当にこいつら悪人ではないかと。だけど、とすると、一般人は皆集団ストーカーを知ってるのは間違いないが、私と同じ事を考える人間が出て来ても何ら不思議ではない。しかし、そんな人間は1人も出て来ない。スノーデンみたいな集団ストーカーの全てを暴露する人間が出て来ても不思議ではないが、出て来ない。集団ストーカーが本当は邪悪な犯罪としたらその事を見抜いて暴露するジャーナリストの1人くらい出て来ても不思議ではないが出て来ない。(集団ストーカーの秘密を暴露すると集団ストーカー被害に遭うから怖くて暴露出来ないのかも知れない)とすると、一般人は集団ストーカーの目的を知ってるが知らない振りをしてて、我々集団ストーカー被害者には悪に見えるが、何か人類の進歩に有用な実験かも知れないし、ただの悪かも知れない。一般人には集団ストーカーにはこれ、こういう目的があると納得させる嘘をついた、邪悪な犯罪かも知れない。一般人には思考盗聴は絶対にしないと嘘をついて、一般人も思考盗聴されてるかも知れない。集団ストーカーはよく被害者に恐怖心や不安を抱かせるが、実際に集団ストーカーの嫌がらせに遭うと恐怖心や不安を抱くが、集団ストーカーが仮に有益な実験だとしたら、そのことに何の意味があるのだろう。

最初は集団ストーカーは邪悪な犯罪と思い、その後考えが変わり被害者には悪に思えるけど、実は善的な何かと思い、また、集団ストーカーは邪悪な犯罪と思えてきた。最近嫌がらせが激化したからそう思えるのだが、(さっき咳払いの嫌がらせにあった。集団ストーカーのことをブログに書くとよくある)実際はどうだろう。善に見せかけた悪かもしれないし、ただの悪かもしれない。それとも、そのどちらとも違った何か他に目的があるかも知れない。仮に悪に見せる善的な何かだとしても、実際に嫌がらせにあえば死ぬほどムカつくし、殺したくなるし、人生を無駄にしたのは事実だから、集団ストーカーを思い付いた奴を叩き殺してやりたい衝動に駆られてしまう。人生の価値は唯一無二性にある。このだだっ広い宇宙に2つとない人生。人生の価値はそこだろう。俺の人生も貴方の人生も唯一無二だ。そこに価値がある。それでたった一度きりの人生だから結意義に生きたいのであるが、しかし、集団ストーカー被害者にはその夢は叶わない。小さな幸福すら手に入らない。毎日嫌な想いをして生きるだけだ。それだけで目的も知ることなく死んだらどんな目的があるにせよ、ただ被害にあっただけの人生になってしまう。そんな人生に何の意味がある。ここまで他人の人生をぶっ壊して負い目や罪悪感を感じない人間はいない。集団ストーカーを思い付いた奴だってそうだ。私は集団ストーカーも集団ストーカーを思い付いた奴も罪悪感や負い目に耐えれなく自己正当化して生きてると思う。どんな目的があるにせよ何の罪もない人間の人生を破壊してるのは事実なのだから。本当に本当に叩き殺してやりたい。今、電磁波で胸と頭を攻撃されてる。

実際のところ集団ストーカーとは何なのか誰にも分からない。目的も何も分からない。悪かも知れないし、そうじゃないかも知れない。真の目的は誰も知らない。終わり。